映画館では、大きなスクリーンと暗く広い空間、迫力のある大音量、前後左右に移動する音像と、日常を忘れて楽しい時間を過ごすことができます。
一方、ホームシアターのサラウンドの楽しみは、DVD、BDソフトだけでなく、BS放送、地上波デジタル放送にも広がってきました。オリンピック、サッカーワールドカップをサラウンド放送で楽しまれた方も多いのではないでしょうか。映画や音楽をサラウンドで楽しむには、たくさんのスピーカーを配置したシステムが必要と考える方が多いと思いますが、バーチャルサラウンドを使えば、簡単です。手軽で簡単なバーチャルサラウンド再生で映画、音楽、テレビを楽しみましょう。

リアルサラウンド再生とバーチャルサラウンド再生システム

バーチャルサラウンド再生 視聴者の前方に配置されたスピーカーだけで、包み込まれるような音を楽しむサラウンド再生
リアルサラウンド再生 視聴者の取り囲むように配置されたスピーカーを使い、楽しむサラウンド再生

ディスプレイの薄型化、大型化は、進みましたが、音響機器を設置するのは大変です。「サラウンドスピーカーを置くスペースがない」と、サラウンドの映画・スポーツなどをサラウンドで楽しむことを諦めている方は多いと思います。5.1ch、7.1chリアルサラウンドの素晴らしさには及ばないまでも、大画面映像の迫力に負けない音響効果を、バーチャルサラウンド再生は少ないスピーカーで実現します。

  リアルサラウンド再生 バーチャルサラウンド再生
システム AVアンプ、左右スピーカー、センタースピーカー、サラウンドスピーカー(5.1chもしくは7.1chスピーカーなど3個以上のスピーカー)、BDプレーヤなど 2ch分のスピーカーとアンプ(一体型が多い)、BDプレーヤなど
設置スペース 視聴者を取り囲むスピーカーの配置
後方スピーカーの設置場所、AVアンプ置き場所必要
テレビの周辺にスピーカーを設置
配線 各スピーカーとアンプ間の配線、AVアンプとBDプレーヤ、テレビとの接続 アンプスピーカー一体型ならプレーヤ、テレビとの接続だけが必要
調整 各スピーカー間の距離設定、音量設定などが必要 必要なし

リアルサラウンド再生システムは、映画の発展と共に進化を続けてきました。映画館のシステムはアナログからデジタル、そしてデジタル音声の高音質、多チャンネル化と進化し続けています。それに合わせて、現在のホームシアター再生は、映画館の音環境を再現するために、複数個のスピーカーで視聴者を囲む5.1チャンネル、7.1チャンネルの再生システムが一般的です。一方、VHSテープによるアナログサラウンドの時代から、簡単にサラウンドで映画を楽しむため、少ないスピーカーでサラウンドの再生を行うバーチャルサラウンド再生システムが提案されています。近年、デジタル信号処理用ICの飛躍的な性能向上により、高精度で、より簡単なバーチャルシステムが可能になりました。
ホームシアターは、映画館の迫力のある音を家庭で再現することがひとつの目標です。ただ、空間の大きさの違い、視聴者とスピーカーとの距離の違いなど、映画館とホームシアターの音再生環境は異なります。

【映画館】

映画館のスピーカーイメージ

前方の左右スピーカー、センタースピーカー、サブウーファーがスクリーンの裏に設置されています。また、サラウンドスピーカーが側面、後方に複数個置かれ、囲まれるようなサラウンドが再現されます。側面、後方のスピーカーが多いことと視聴者とスピーカーの距離が離れていることで映画館ではスピーカーの存在を意識しない自然なサラウンドが再現されます。

【ホームシアター】

リアルサラウンド、バーチャルサラウンドスピーカーイメージ

リアルサラウンド:前方の左右スピーカー、台詞の再生に重要なセンタースピーカーがスクリーンに隠れていないなど映画館とは異なる特徴があります。5.1チャンネル、7.1チャンネルと多くのスピーカーを使用することで前後の移動感は映画館並みに再現されますが、映画館よりサラウンドスピーカーの数が少ないため、包囲感は映画館に及びません。

バーチャルサラウンド:スピーカーが少なく、センタースピーカー、サラウンドスピーカーが仮想音源(聴覚の錯覚を利用してスピーカーのないところから聞こえるようにする)を使う方法で、後方にスピーカーがないため、移動する音の再現などは難しくなりますが、スピーカーを意識しない自然なサラウンド感が得られます。ただ、バーチャルサラウンドは、聴覚の錯覚を利用する方法なので、スピーカーと視聴者の位置関係が重要になります。一般的に、サラウンドを効果的に試聴できるエリアは、リアルサラウンドより狭くなります。

バイノーラル録音、トランスオーラル処理

ダミーヘッドを使ったバイノーラル録音

映画を再生するバーチャルサラウンドシステムと似た物に、バイノーラル録音信号のトランスオーラル処理システムがあります。バイノーラル録音は、ダミーヘッドもしくは実頭の耳にマイクをつけて録音する方法です。この録音コンテンツをヘッドホンで試聴すると、録音時の臨場感を効果的に再現できます。それをヘッドホンではなくスピーカーで再生する方法がトランスオーラル処理システムです。トランスオーラル処理は、ヘッドホンで試聴している状態を、スピーカーによる試聴で再現することを目的にした処理です。つまり、右スピーカーから出力される音は右耳だけに届けられ、左スピーカーから出力される音は左耳にだけ届くように処理します。通常スピーカーによる試聴では右のスピーカーから出力された音は右耳だけではなく、左耳にも届きます。そこで右のスピーカーから出て左の耳に届く音を打ち消すような信号を左のスピーカーから出力します。でもこの打ち消し用の信号が右の耳に到達してしまいます。そこで打ち消し用の信号を打ち消す音を右のスピーカーから出力します。これを繰り返えすことで、右スピーカーから出力される音は右耳だけに聞こえ、左スピーカーから出力される音は左耳だけで聞こえるようになります。この処理をクロストークキャンセル処理と言います。

トランスオーラル処理のイメージ図

バイノーラルで録音した音情報は、耳に到達する情報を全てそのまま再現することを目的にしています。耳の近くを飛ぶ「蜂の音」は近くに聞こえ、「カラスの鳴き声」は頭上遠く離れたところから聞こえます。また、音源が後ろにある場合、横にある場合、さらに上方にある場合も両方の耳に到達する情報をそのまま録音し再生します。問題は、音方向を知覚できる人間の能力にあるかもしれません。特に両耳と等間隔に音源がある場合、真正面、真後ろ、真上などは、実生活においてさえも、方向、距離感が認識しにくいものです。ただ、バイノーラル録音トランスオーラル処理は上方にある音源の再現など、2本のスピーカーで3D的な録音再生が可能な方式と言えます。また、耳に到達する情報は、頭の形、耳の形など個人差があり、人それぞれ異なります。人によって音の伝わり方が異なることを頭部伝達関数(Head-Related TransferFunction, HRTF)といいます。そのため、視聴者の耳にマイクを着けて録音し、再生するのが一番効果的といえるでしょう。

バーチャルサラウンド再生

バーチャル処理のイメージ図

トランスオーラル処理は、再生スピーカーと視聴者の距離、位置関係が重要になります。それはふたつのスピーカーから出力される信号を打ち消し合うために、距離(=時間)がキーポイントになるためです。バーチャルサラウンド再生もスピーカーと視聴者の関係が重要になります。

バーチャルサラウンド再生とトランスオーラル処理の大きな違いは、仮想音源(サラウンドスピーカー、センタースピーカー)を想定することです。バーチャルサラウンド再生は、本来5.1chもしくはもっと多くのスピーカーで再生する環境を再現することです。つまり、再現するスピーカーが仮定されます。バイノーラル録音トランスオーラル処理では、仮想スピーカーは特定されませんが、バーチャルサラウンド再生では、この位置からスピーカーの音が再生されるはず、という仮定の下に信号処理されます(方向定位処理)。つまり、単純に表現しますと、バーチャルサラウンド再生ではトランスオーラル処理+方向定位処理が実行されます。

バーチャルサラウンド再生装置

もっともベーシックなシステムは、2(.1)ch:Lch+Rch (+SW)です。豊かな低音が欲しい方は、サブウーファーが追加されたシステムになります。またオーディオメーカー各社から、色々な方法でより効果的なバーチャルサラウンドシステムが提供されています。バーチャルサラウンドシステムではないのですが、フロントに置いたスピーカーだけでサラウンド再生を楽しめるように、サラウンド信号に指向性を持たせたスピーカーで再生する方式もあります。

  1. 2.1ch セパレート・スピーカー・タイプ
  2. バー・スピーカー・タイプ
  3. ラック・スピーカー・タイプ
  4. 小型センター・スピーカー・タイプ

バーチャル再生試聴ポジション

どの方法も、迫力のある映画、音楽を簡単に楽しむことが可能です。バーチャルサラウンド再生は、スピーカーの置き方、視聴者の聴く位置により効果が変りますが、それはステレオで音楽を聴くのと同様です。複数のスピーカーを使用するリアルサラウンド再生システムでも効果的なサラウンド再生には、試聴位置とスピーカーの関係が重要になります。トランスオーラル処理、バーチャルサラウンド再生での説明のように、スピーカーから出力される音響信号が左右の耳に直接届くように信号処理されます。
このためスピーカーと耳の距離、両耳に到達する距離(時間)が等距離である位置、左右のスピーカーの中心軸上で聴くと効果的なサラウンドが楽しめます。ふたつのスピーカーの中心で聴くと良いというのは、音楽のステレオ再生と同じです。とは言え、中心からずれた位置でも音楽が楽しめるように、バーチャルサラウンド再生もテレビ内蔵のスピーカーで聞くのとは全く異なる迫力で楽しめます。BD/DVDによる映画だけでなく、地上波デジタル放送によるサラウンド放送も増えています。映画、テレビドラマ、スポーツ色々な楽しみ方ができるでしょう。

代表的なバーチャルサラウンドシステム

2.1ch セパレート・スピーカー・タイプ

I. 2.1ch セパレート・スピーカー・タイプ

 左右2本のスピーカーとサブウーファーのシステムが一般的です。スピーカーはテレビの両側、もしくは前面に設置します。テレビの大きさ、再生環境に合わせてスピーカーが選択でき、設置の自由度が高いシステムです。
簡易なシアターシステムで構築することも可能ですし、AVアンプとスピーカーを別々に購入し組み合わせる方法もあります。ほとんどのAVアンプにはスピーカーを2本だけ使用した再生モードが搭載されていますので、高音質なバーチャルシステムも実現できます。
使用上の注意点は、ディスプレイの大型化により、左右のスピーカーが離れて設置されるため、センターチャンネルの音像が小さくなりがちです。センターチャンネルの再生レベルを調整することで効果的なサラウンド再生が楽しめます。

バー・スピーカー・タイプ

II. バー・スピーカー・タイプ

 左右のスピーカーが一つのボックスに組み込まれた再生システムです。アンプが内蔵されているものが多く、テレビもしくはBD/DVDプレーヤと接続するだけと接続も簡単、テレビの前に置くだけで設置も簡単です。スピーカーの距離が変えられませんが、逆に各チャンネル間の音量バランスやバーチャルサラウンド信号処理は最も効果的な係数に設定されています。後からサラウンド用のスピーカーを追加できるものもあり、予算に合わせて購入することが可能です。
スピーカーの角度が変えられませんので、試聴位置に注意することで効果的なサラウンド再生が楽しめます。

ラック・スピーカー・タイプ

III. ラック・スピーカー・タイプ

 テレビの置き台にスピーカーとアンプが組み込まれたシステムです。接続も容易で、設置場所に悩むこともなく、簡単に楽しめます。バースピーカー同様、スピーカーの角度が変えられませんので、試聴位置に注意することで効果的なサラウンド再生が楽しめます。

小型センター・スピーカー・タイプ

IV. 小型センター・スピーカー・タイプ

 スピーカー、アンプ、信号処理機能を全て一つの箱に組み込んだシステムです。多くのバーチャルサラウンド処理は、左右のスピーカーから出力される音声信号を左右の耳にそれぞれ届けるように、クロストークキャンセル処理を実行しますが、小型センター・スピーカー・タイプでは、少し信号処理が異なります。クロストークキャンセル処理を使用するシステムでは良好な試聴エリアが狭くなる傾向があります。一方、小型センター・スピーカー・タイプでは視聴エリアを広くできる可能性がありますが、音像の移動感の再現は苦手です。家族でサラウンドを楽しむ時など、複数の人に効果的なサラウンドを提供します。