コラム ネットワークオーディオ

拍手のタイミング

今回はネットワークオーディオから離れてクラシックコンサートでの話です。先ず、録画していた1月5日放送のEテレ「クラシック音楽館 N響コンサート第1765回 定期公演(2013年10月25日公演)」での話。その演奏はとても素晴らしいものでしたが、加えて珍しいことがありました。指揮者はロジャー・ノリントン卿、曲目は前半がベートーベンの序曲「レオノーレ」第3番とピアノ協奏曲 第3番。後半が交響曲 第5番「運命」です。どれも新鮮で素晴らしい演奏でした。特に「運命」では、ノンビブラート奏法が生む金属的な弦の響きによる緊張感、非常によくコントロールされた音の強弱と緩急自在なテンポ、「ダダダ・ダーン」の「ダーン」の後に来る低音感の豊かな余韻、どれをとっても今までにないとても新鮮な「運命」で、鳥肌が立ちました。珍しいことはその「運命」の第一楽章が終わった瞬間に起きました。第一楽章が終わった途端、自然発生的に拍手が起きたのです。まー普通はご存じの通り楽曲間で拍手すると白い目で見られるのが落ちですが、これほど今まで聞いたことのない「運命」を聞かされると、思わず拍手するのも納得でしたが、ノリントン卿は拍手が始まると客席に振り返り「してやったり」と言う顔をして「どうぞ」と言わんばかりに手を振り大きな拍手になりました。その後、「Thanks」と言わんばかりの敬礼をして第二楽章に移りました。流石ノリントン卿と言うか、ユーモアの国、英国人特有のリアクションと言う感じでした。

この楽曲間での拍手ですが、ノリントン卿が首席指揮者になられるだいぶ前の80年代にシュトゥットガルト放送交響楽団(Stuttgart RSO)を本拠地のシュトゥットガルト・リーダーハーレで聴きましたが、演目のチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の第三楽章後でも拍手が起きました。ちょっと「あれっ」と思いましたが、その後静かに荘厳な第四楽章が始まりました。あとで知り合いに聞いたら「悲愴」では第三楽章がフィナーレの代わりみたいな感じでよく拍手が起きるとの事でした。その後、サイトウキネンオーケストラの2004年欧州公演時、ベルリンフィルハーモニーホールで「悲愴」を演奏した際、同じように第三楽章後に拍手を受けたそうです。この時は東洋のオーケストラへのドイツ人からの「ちょっとした意地悪な歓迎」の意味もあったと聞いています。いずれにしても「悲愴」の第三楽章後の拍手は結構あるようです。

もう一つ、今度は最終楽章後の拍手を指揮者が止めた例です。これは1994年10月15日サントリーホールでの、アバド指揮・ベルリンフィルのマーラー交響曲第9番の演奏会での出来事です。この演奏は、私が今まで聞いた演奏会の中で一番と思うほどの素晴らしいものでした。まだマーラーを聞き始めのころで余り事前の知識が無かったのですが、この演奏をきいて、この曲が人の一生を表している気がして、最終音が消え入るように終わると、いい音楽を聞いた充実感と言うより、何か人生を諭された気持ちで、音が消えた後の静寂感に浸る心地よさがありました。曲が終わっても指揮者のアバドさんは指揮棒を上げたまま、最後の音を引いた弦楽奏者たちも弓を下さずフリーズしたように楽器を構えたまま、そのまま数秒と言うか10秒以上ホールの時間が止まった感じになりました。静寂感を演奏者・聴衆全員が共有している感じでした。その時、一人の方が拍手を始めたのですが、アバドさんは静かに上げたままの手で拍手を制したのです。そして30秒くらいしてアバドさんは指揮棒をおろし、それから静かに拍手が始まりました。そのあと盛大な拍手に包まれたことは言うまでもありません。

コンサートでの拍手の仕方にはマナーがあるとも言いますが、やはり音楽、静寂、そしてその時間を共有した人たちの心からの拍手があれば演奏会は素晴らしいものになると思います。

ノリントン指揮Stuttgart RSOのCD(左)とサイトウキネンの「悲愴」のCD(右)

ノリントン/Stuttgart RSOのCDはブラームスの交響曲全集ですが、ライナーノートに彼のコメントとして「how we can hear Brahms in the sitting his own time – and how we can concert a modern orchestra with its roots」とあり、是非、今回のN響との演奏会をベースにベートーベン交響曲全集も出してほしいと思います。また、ノリントン卿はオーケストラの各楽器のバランスと響きを大切にするようで、今回のNHKホールでの演奏会でも楽器配置に特徴があり、特にコントラバスが最後列に一列に並び、さらにその後に大きな反射板を5枚も配置していました。これが「ダダダ・ダーン」の「ダーン」の後に来る低音感の豊かな余韻をもたらしたのではないかと思います。

ベルリンフィルのコンサートチケット(左)とマーラー9番のCD(右)

CDは1999年ベルリンでのライブ盤ですが、第四楽章が終わってから拍手が始まるまでの40秒ほどの静寂が“録音”されています。

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