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Vol. 66 成熟期にある技術革新の時代に必要なことは何か(3)

~ ソフト制作の現場感覚・モニタリングについて ~

録音でも撮影でも、現場ではモニタリングが必要になります。ホールで録音する場合は専用のモニタールームがないことが多く、仕方なく舞台に近い楽屋や、その他の空きスペースを利用することになります。屋外の映像撮影の場合は小型のビデオモニターをカメラの近くに置いて視ることになりますし、ホールなど室内の場合は少し大きなモニターを持ち込むことは出来ますが、録音と同じで最適なモニタリングの場所がない場合が少なくありません。

いずれにしても、スタジオ以外の録音や撮影の現場で痛感するのは、最適のモニタリング環境が極めて少ないことです。長年のキャリアがあるエンジニアは、そのような条件の中で、現場でモニタリングした音や映像を、頭のなかで実際に視聴者が鑑賞する場合の音質、画質に変換して作業していることになります。このモニタリング環境を何段階かでも理想的なものに近づけることが、最終的な音や画のクオリテイに必ずいい影響を与えるのではないか、と私は考えました。

通常のソフト制作では、外部で収録された音や画像は、社内のスタジオや専門の編集スタジオで編集しマスターに仕上げます。私は外部でのモニタリング環境を、音は社内のスタジオ、映像はいつも使うビデオスタジオになるべく近づけることを目標にしました。一度にはなかなか出来ないので、カット&トライで毎回少しずつ変え、スタッフの意見も取り入れながら改善していきました。

そして、最終的に完成した外部録音モニタリングシステムでは、ホールの場合は広い楽屋、もしくはエントランスなどのほど良い空間に専用の部屋を作り、モニタースピーカーは社内のスタジオで使っているものを、そのまま持ち込むことにしました。専用の部屋は、鳴きを抑えた金属枠に適当なサイズの音響ボードをはめたものを、何枚も組み合わせて作るプレハブ構造。最初は少々経費が掛かりますが、組み立て式なので何度も使うことで採算をとるように考えました。モニター・スピーカーは、5チャンネルともなると重量もかなりのものになりますし、輸送時の振動でユニットを取り付けたビスが緩んだり、ダイヤフラムにストレスが掛かるリスクもあります。そこで、精密機器輸送に使われる車で運ぶことを輸送業者に依頼しました。

この結果、外部録音でも社内スタジオと同等のクオリティでモニタリングすることが可能となり、想像力で補ったり経験値で変換することを最小限に抑えて、一般の試聴者が聴く状態をほぼ正しく想定しながら録音ができることになりました。良い録音のためには、録音エンジニアのキャリアに裏付けられた高い技術はもちろん最重要なのですが、モニタリング環境の整備は、それまでは気づかなかった細かな問題が見えてくる効果があります。サンプリング周波数やビット値が高くなった今日のデジタル録音では、良質な環境は特に有効だと思います。また、演奏者がプレイバックを聴くときも、変則的な環境ではなく自分の部屋で聴くように、あるいはレコード会社のスタジオと同じような環境で聴けるので、演奏の問題点をいち早く発見し、次のテイクで適格に修正することにも有効に働きます。

外部撮影の時のモニタリングでは、真っ暗な状態でモニターを見られることを最優先しました。そのためにモニター機器をガードする枠と、大きめのサイズの遮蔽幕のような布地を用意し、たとえ太陽が照りつける海でも、一面の雪で覆われた山でも、モニターの画面は可能な限り暗い状態で見ることを心がけました。画面が正確に見えない環境では、音の場合と同じように、ビデオエンジニアは経験によって身につけた変換尺度で映像をコントロールすることになってしまい、不自然な映像になる危険があるのです。というわけで、モニタリングの質を向上させることが、録音や撮影スタッフの能力の発揮に貢献し、よりよいソフトの制作に大きく寄与するのです。

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