日本オーディオ協会 創立70周年記念号2022autumn

『立体音響、飛躍の10年』
加速するイマーシブオーディオ

オーディオビジュアル評論家 麻倉怜士

オーディオの理想を追求するところから始まった立体音響。
映画音響で花開き、いま音楽再生でも大きな注目を集めている

オーディオ発展史の中での「立体音響」

「イマーシブオーディオ」時代が到来した。再生音楽は生ホールの臨場感再現を目指して、モノーラルからステレオへ、さらにサラウンド音場へと発展し、加えてイマーシブオーディオにて垂直方向にも音場を形成する。イマーシブオーディオは「3D(三次元)オーディオ」とも「立体音響」とも呼ばれているが、いずれにしても、いまやオーディオ業界のバスワードとなり、各社から新フォーマットの提案が相次いでいる。本稿では2012年ごろから約10年におよぶイマーシブオーディオの発展を述べよう。

オーディオチャンネルの変遷は、そもそも1880年代の「1チャンネル」、つまりモノーラルから始まった。創始者はエジソンだ。1930年代には2チャンネルが発見(?)される。アメリカのベル研究所で、偶然に2系統の電話を左右で聴いたところ、豊かな臨場感が得られたのが、ステレオ再生の始まりとされる。前方2チャンネルからサイド、リアチャンネルが加わったサラウンドへと発展するのは、70年代だ。ここまで1D(Dimention)=モノーラル、2D=ステレオ/サラウンドと来て、3D=イマーシブオーディオは、2010年からの動きである。こうした音場の面積と体積を増やすトレンドは映像の高画質化、高情報化、高臨場化と、見事に歩調を合わせている。当初のテレビは白黒だった。モノトーンはオーディオに喩えるならモノーラルだ。カラーになると、2チャンネル化に匹敵。次にハイビジョンに進むのは、サラウンドのメタファーだ。現在の4K/8K映像はイマーシブオーディオにあたる。


2ch、5.1ch、ドルビーアトモスなどの立体音響再生の音像と音場のイメージ。2chでのイメージを、前後に広げたがの5.1ch、それを高さ方向にも立体化したのが、立体音響で、没入感が高まることから「イマーシブオーディオ」(Immersive Audio)とも呼ばれている

臨場感再現と音像両立を可能とする「立体音響」

そもそも、なぜオーディオはイマーシブ、立体音響へと進むのか。それは音像再現と臨場感再現の両立が可能であるからだ。2チャンネル再生では、クリアーな音像再現と、豊かなホールトーンを同時に実現するのが難しい。どちらかに重点が置かれ、実質的に一択にならざるを得ない。ところがイマーシブオーディオでは音像の明瞭さと響きの豊かさが両立できる。フロアーに置かれた(下側の)スピーカーで音像の明瞭さを再現し、天井近くの(上側)スピーカーで響きを出すという機能分業により、音像の明確さと響きの豊潤さのどちらも齟齬なく享受できるのである。会場の雰囲気をしっかりと醸し出しながら、明瞭な音を再現できるのである。

名古屋芸術大学の長江和哉氏の、蘭ポリヒムニア・インターナショナルのバランスエンジニア、ジャン=マリーヘイセン氏(Jean-Marie Geijsen)に3D Audio制作についてのインタビュー(ProSound 2020年10月号p130−131から引用)が、たいへん参考になる。

Q これまで5.1chをたくさんミックスしたと思います。3Dと2Dの違いは何ですか?A 最も大きな違いは解像度です。この解像度は2Dよりも更にディテイルと素晴らしいバランスと色を与えます。(略)トップレイヤーを加えることによって、より空間的な情報も付加できますが、人々の想像とは対照的に、よりディテイルが得られます。壁と天井からの初期反射音は更なる情報を与えてくれます。特に、異なる楽器や声部の明瞭さやアタックなどです。そして、サウンドが異なる角度からリスナーに届くという事実は、私たちの耳にホールのすべての反射と残響から直接音を分離する可能性を高めます。このことは、3Dを聴くことを、素晴らしく、ごく自然なリスニング体験としてくれます。ステレオでは、私達の脳は複雑な信号を解析する必要がありましたが、3Dは豊富な空間的な手がかりによって、シンプルに楽しむことができるのです。

最後の「脳にやさしい」という点は、重要な指摘だ。映像における低解像度と高解像度の関係に似ている。解像度が低い映像では、脳は手掛かりの少ない情報から、ほんとうはこの部分はこうに違いないと補償する。その動作で脳はフル回転し、エネルギーを使う。しかし4Kや8Kの高解像度映像では、そのまま受け取れば、自然なままの脳の負担が少ない情報受容になる。映像も音声も脳は同様な動作で、受け止めているのである。

2010年AES東京で発表された「Auro-3D」がすべての始まり

イマーシブオーディオ/立体音響は、まずオーディオ分野から始まった。2010年10月8日、東京で開催されたAES(Audio Engineering Society)の「Spatial Audio International Conference」で、ベルギーのAuro Technologiesが世界初の3Dサラウンド技術、「Auro-3D」を発表したのが、すべての始まりだった。

この時、Auro Technologies会長のウィルフリード・ヴァン・ベーレン氏が、「3Dオーディオは、聴く者をその音楽世界に没入させてくれるから、3Dのことをイマーシブオーディオと呼ぼう」と提案。それが今、さまざまな用途で使われる「イマーシブ」の語源だ。海外では2014年からAVセンターにAuro-3Dの搭載が始まり、日本では2017年9月にデノンから対応AVセンターが発売始された。現在、デノン、マランツ、ヤマハ、トリノフオーディオ、ストームオーディオが対応している。


Auro-3D対応は、仏トリノフオーディオなどの超高級AVプロセッサーで対応を果たしていたが、日本向け製品では2017年9月リリースのデノンAVR-X6400H(写真)、同X4400Hが初サポート、その後、マランツやヤマハ製品にも実装された

では、世界初のイマーシブオーディオ、Auro-3Dはどのように開発されたか。ベーレン氏は、オーナーを務めるギャラクシー・スタジオにて、さまざまなスピーカー配置を試した。5.1chをベースに、実験的にフロントL/Rに上方スピーカー(ハイトスピーカー)を加えて再生したら、垂直方向への拡がりが感じられるようになった。次にサラウンドL/Rにもハイトスピーカーを加えたら音場がさらに濃密になった。そこで5.1chのベーススピーカーとハイトスピーカーが有機的に繋がり、もっとも自然に響く配置を探るため、数年間かけて約300通りを試した。

その結果、5.1chの上方4chにハイトスピーカーを置く9.1ch配置がベストと分かった。具体的には、ハイトスピーカーがメインスピーカーの上方約30度の角度に置かれるのが望ましい。

ベーレン氏は、かつて私のインタビューに答え、こう言った。「イマーシブオーディオの実験を始めたときは上側に反射音を足せばいいかなと言うくらいの気持ちでしたが、実際に試してびっくりしました。というのも、音場が感性的にとてもエモーショナルになったのです。具体的には音の透明感、距離感が増しました。そういった音を聴くことで脳がリラックスできるということにも気がつきました」。これは前述のジャン=マリーヘイセン氏と同じ体験だ。

2012年劇場向けでスタートし、家庭用でも大発展を遂げた「ドルビーアトモス」

ドルビーアトモスは2012年4月に、ドルビーラボラトリーズが劇場向け規格を発表したことからスタート。2012年6月、初のドルビーアトモス採用映画作品、『Brave(邦題:メリダとおそろしの森)』(ピクサー/ディズニー)がアメリカで公開。2013年11月22日、千葉県・船橋市の「TOHOシネマズららぽーと船橋」スクリーン4で日本初のドルビーアトモス対応スクリーン」が運営開始された。初上映作品は『スター・トレック イントゥ・ダークネス』『パシフィック・リム』。新作としては12月13日から『ゼロ・グラビティ』が公開された。

2014年8月に、ドルビージャパンが「Dolby Atmos Home」の発表会を開催。デノン、パイオニア、オンキヨーが家庭用ドルビーアトモス対応AVセンター発売。2014年11月に、NBCユニバーサルジャパンが、日本初のドルビーアトモス対応BDソフト『ネイチャー』を発売。その後の普及は目覚ましく、ドルビーラボラトリーズが開発した、多くの映画用音響フォーマットのなかで、史上最速で普及(映画館、ホームシアターのどちらも)しているという。

オブジェクト・オーディオ方式を採用したドルビーアトモス

ドルビーアトモスは当初「アダプティブ・オーディオ」という名称で、試験的な開発がスタートし、本格開発の時点で「オーシャン」という開発ネームが与えられ、最終的に「atmosphere(アトモスファー。雰囲気)」という英単語から「ATMOS」になった。 その基本コンセプトは、「従来、不可能だった立体的で精密な音響表現を実現することで、観客を今までにまったくないレベルにおいて、映画に引き込む」ことだ。その最大の特徴は「オブジェクト・オーディオ方式」の採用だ。

「オブジェクト・オーディオ」では、人の声、爆発音、楽器の音……など個々の音源をオブジェクト(モノの意味)として扱う。制作過程で個々の音を収録したWAVファイルにXYZの3軸の立体的な位置情報が与えられる。劇場ではその情報を元に、デジタルプロセッサーCP-850がレンダリング(演算)作業を行ない、多数のスピーカーをその指示の下に駆動し、音場内の決められた位置に正確に音像を置く。これにて制作者が指定した絶対位置(縦、横、高さ)に音像を定位させることが可能になった。

オブジェクト・オーディオの考え自体は意外に古く、ソニーが2000年に市販したゲームコンソールPlayStaion2の時に実用化されている。映画におけるオブジェクトベースのイマーシブオーディオのメリットはズバリ、空間表現力の圧倒的な拡張だ。5.1chや7.1chなど再生するスピーカー配置を前提としてミキシングされる、従来の「チャンネルベース」と呼ばれる方式では不可能だった立体的で精密な音響表現を実現することで、観客を今までにまったくないレベルにおいて作品世界に引き込む。

音楽再生の新機軸「ドルビーアトモス・ミュージック」

面白いのが映画用のイマーシブオーディオとして開発されたドルビーアトモスが、いまや音楽再生用のプラットフォームに発展したことだ。それが「ドルビーアトモス・ミュージック」だ。2015年、ユニバーサル・ミュージックにて、エルトン・ジョンのミキサー・エンジニアのグレッグ・ペニー(Greg Penny)氏がスタジオにあったドルビーアトモス音声用の制作ツールで、エルトンの名曲「ロケット・マン」のドルビーアトモス版を制作し、関係者に披露したところ、たいへんな評判を得た。エルトンの声はきちっと前方センターに定位し、上部とサイドにコーラスが歌い、ピアノは前方右に定位する。リスナーはまさに半円球の立体音場の中にいて、エルトン・ジョンの世界観に包まれたのである。

ビートルズ作品も、最初期のドルビーアトモス・ミュージックだ。ジョージ・マーチンの息子のジャイルズ・マーチンに委嘱し、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の50周年記念としてドルビーアトモス化を行なった。それをアメリカのとある都市にあるドルビーシネマスクリーン(編註:ドルビービジョン映像とドルビーアトモス音声に対応した専用劇場)で、映像なしで再生したところ、客がみんな泣いて劇場を出てきた。その様子を見て、ユニバーサル・ミュージックは、本格的にドルビーアトモス・ミュージックに取り組もうと決断。

2019月12月、定額制音楽配信サービス「Amazon Music HD」(当時。現在ではAmazon Music Unlimitedにサービスを集約)がドルビーアトモス音源を配信開始。2021年6年、同じく定額制音楽配信サービスApple Musicが「空間オーディオ」と称して同音源を配信開始。Apple Japanによるとサービス登録者の大半が体験しており、そのリスナー数は2021年9月以降80%以上増加、再生回数は同じく、倍以上に増加したとのことだ。空間オーディオ楽曲数は、同じく8倍に増えたという。

自由なスピーカー配置が可能な「DTS:X」が2015年に登場

ドルビーとならぶ映画音響の雄である「DTS」(1990年創業)も「DTS:X」にてイマーシブオーディオ/立体音響の分野に参入。古来、ドルビーラボラトリーズとDTSは不倶戴天の敵だ。古くはレーザーディスクとDVDでのドルビーデジタル(AC-3とも呼ばれる)とDTSのロッシー方式のディスクリートサラウンド規格で、近くはBDで採用されたドルビートゥルーHDとDTS-HDMA(MAはマスターオーディオの略)での情報損失のないロスレス方式のサラウンド規格の戦いがあった。ここまでは音質的にDTS側の圧勝であった。

そして現代のイマーシブオーディオシーンでは、DTSはドルビーアトモスに大きく遅れたものの、2015年に独自のイマーシブオーディオフォーマットを発表。それが「DTS:X」、オブジェクトベースの音場システムだ。DTSは2012年7月に、音響技術会社SRS Labsを買収しており、そのSRSが開発したオブジェクトベースのマルチ・ディメンショナル・オーディオ(MDA)技術が、DTS:Xのコアテクノロジーとなった。DTS:Xの最大の特徴が、ハイトスピーカー配置が自由で、制約がないこと。Auro-3Dは開き角/仰角とも30度、ドルビーアトモスは開き角/仰角とも45度を推奨しているが、DTS:Xにはそうした制約はない。逆にいうと、DTS:X音声を再生する際に、ドルビーアトモスやAuro-3Dでのスピーカー位置のままでよいと解釈できる。すでにデノン、マランツ、オンキヨーとパイオニア、ヤマハ、トリノフオーディオ、ストームオーディオが採用している。


DTSはもともと映画『ジュラシック・パーク』向けに開発された劇場用高音質サラウンド規格「DTS」で一世を風靡、家庭用音声規格としても高い人気を誇った。2006年のブルーレイに採用されたロスレス方式「DTS−HDMA(High Definition Master Audio)」に続き、立体音響規格の「DTS:X」を2015年にスタートさせた。写真はDTS:X音声を収録したUHDブルーレイ『ジュラシック・ワールド 5ムービー 4K UHD コレクション』

DTSとIMAXが連携した映像&音声フォーマット「IMAX Enhanced」

DTS:Xは、大画面・高画質・高音質の劇場用フォーマットのIMAXと提携し、IMAX Enhancedを開発した。IMAXは世界80を超える国、地域に1500以上のIMAXシアターを展開し、上映作品はこれまで300~350タイトルにのぼっている。一般のシネマスコープが横2.35:縦1に対し、IMAXは1.43:1あるいは1.85:1というかなり縦に広いアスペクト比が特徴だ。その分、画面のマッシブ感、迫力が半端でない。

その家庭用のイマーシブフォーマットがIMAX Enhancedだ。IMAXとDTSが手を組み、2018年に立ち上げた。Auro-3D、Dolby Atmosは音質のみのフォーマットだが、IMAX Enhancedは「画質、音質、アスペクト比」とオーディオ、ビジュアル、画面比のすべてに責任を持つ初の家庭用のイマーシブフォーマットだ。

画質は基本的に4K/HDR。音声はIMAX劇場公開用に使われる6.0chもしくは12.0chの素材をDTS:Xに変換している。IMAX劇場は、各チャンネルが重低音帯域までカバーしているため単独のサブウーファーを使わないため、「.1」(LFE=Low Frequency Effect/低音専用再生信号)を生成して付加するのである。AVアンプなどでの再生時には、低域を強調する「IMAXモード」を有効にすることで本音源が再生できる。アスペクト比はシネスコが2.35:1のレターボックスであるのに対し、IMAX Enhancedは1.90:1(家庭テレビの16:9画角[=1.77:1]とほぼ同じ)。現在、UHDブルーレイとしてソニー・ピクチャーズから『ジュマンジ/ネクスト・レベル』『バッドボーイズ フォー・ライフ』がリリースされている。また動画配信サービスでは、Disney+(ディズニープラス)のマーベル映画の一部と、ソニーの高級テレビ向けの「BRAVIA CORE」でコンテンツが供給されている。

ソニーが開発。音楽再生専用の立体音響技術「360 Reality Audio」

ソニーは、2018年秋に、ベルリンのIFAでMPEG-H 3D Audio をベースにした「360 Reality Audio」(以下、360RA)を発表。2019月12月、Amazon Music HDが配信開始した。音像描画方式がオブジェクトベースという点では、ドルビーアトモス、DTS:Xと共通だが、コンテンツ内容と使用環境が異なる。ドルビーアトモス、DTS:Xはもともと映画音響用として開発された立体音響技術だ。対して、360RAは音楽専用だ。

360 Reality Audio(読みはサンロクマル リアリティオーディオ)は、音楽専用の立体音響フォーマットとしてデビュー。いまのところは再生方法として、スマホを音源にしてヘッドホン(あるいはイヤホン)で再生することを主眼にしているようだ。音源提供方法や再生手法の拡大に期待したい
https://www.sony.jp/headphone/special/360_Reality_Audio/

サービスを展開する環境はどうか。ドルビーアトモス、DTS:X、Auro-3Dともにプロフェッショナル用途では劇場、ユーザー的には家庭の部屋だ。一方、360RAは劇場やリビングルームでなく、当面は個人のヘッドホンがターゲットだ。この「音楽専用」、「オブジェクトベース」、「ヘッドホンリスニング」—の3つが揃うのは、360RAが世界初だ。音場はNHKの「22.2マルチチャンネル音響」(これはチャンネルベース)と同様に全球、つまり360度方向を対象にして、リスナーの聴取位置よりも下方を含む全方位に音像を配置している。配信環境を考慮し、帯域幅はCDと同じ1.5Mbps程度に抑えた。音質を考えると、帯域はもっと欲しいところだが、配信サービスが許容するデータ容量とバランスさせなければならない。CD帯域をマルチチャンネルで分割するとなると、かなり音質的な問題が出てくる懸念があるが、チャンネル間で適応処理を行なうMPEG-H 3D Audioの性能に恃(たの)む。

360RAのコンテンツを聴いてみよう。大御所の録音エンジニア、高田英男氏を起用してオリジナル制作された『グリーンスリーブス』。ソプラノサックス、ピアノ、チェロ、パーカッションの4人のアーチストが3D音場で競演する。リアルなスピーカーが全周に配置された環境で聴くなら、正しくミキシングされた360RAコンテンツは、これほどの体感的、全周的な快感が聴けることが、分かる。前方、後方、上方……の目眩くような移動感や空間感、没入感により、空間の有機的な響きが体験でき、まさに自分が音楽の中に濃密に取り込まれるようであった。

コンサートのオンライン配信でも高音質化と立体音響化が進む

このように10年の間に、イマーシブオーディオは、驚くほど進化を遂げたことがお分かりになったと思う。最後に、今の配信時代の最新トピックで締めくくろう。それがコンサートのインターネット・オンライン配信の音質改善だ。コロナ禍の影響でオンライン配信が激増しているが、問題は音質。多くは情報損失を伴なうロッシー圧縮音声なので、コンサートでの生の音のヴィヴィッドさや、空気感は伝わらず、リアルな臨場感にはほど遠い。でも高音質でライブを聴きたいとのニーズは強い。そこで今、ふたつの方向から、配信の高音質化と立体音響化がアプローチされている。

①4K映像+ハイレゾ配信対応の、DSDコルグ Live Extreme

ひとつが、2チャンネルの高音質化。電子楽器メーカーのコルグは、これまでIIJ(インターネットイニシアチブ)が運営している「PrimeSeat」(プライムシート)という音楽配信サービスで11.2MHz DSDを含む高音質音楽ファイル配信の技術サポートを熱心に取り組んできた。その経験を活かし、高解像度映像とともに、ハイレゾ音声をライブ配信できる「Live Extreme」(ライブ・エクストリーム)システムを開発。映像と音声を同時に配信するには、両者のタイミングを合わせるリップシンク同期が必要だが、Live Extremeは、音声品位を優先し、オーディオ信号のクロックに、ビデオ信号を合わせるという画期的なシステムを採用した。もしも映像と音声にずれが生じた時には、オーディオに合わせて映像のクロックを打ち直すというこだわりようだ。配信スペックは、映像は最高で4K、音声は384kHz/24ビットPCM、DSDの場合は5.6MHzまでの送り出しが可能。すでにさまざまなライブ、コンサートがLive Streamシステムで配信されており、この9月にはブルーノート東京で収録された『RON CARTER & BLUE NOTE TOKYO ALL-STAR JAZZ ORCHESTRA directed by ERIC MIYASHIRO』が4K映像+ロスレス・ハイレゾ音声(48kHz/24ビット)で配信された。

②ドルビーアトモス配信に対応した、ベルリン・フィルのデジタル・コンサートホール

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のネット映像配信サービス「デジタル・コンサートホール」が2022年6月、ドルビーアトモスを導入したのも話題だ。ベルリン・フィルのトーン・マイスター、クリストフ・フランケ氏は、クラシックコンサートにおける3Dのメリットについて、こう私に言った。

「3Dオーディオでは、空間の中で聴いているような感覚を味わえます。ホールの反射音が聴こえ、音が扇状に広がることで音像が透明になります。ホールで聴くのと同じように、個々の楽器やセクションの音を、より濃密に耳で感じ取ることができるのです。響きはより現実に即しており、あらゆる方向から音がやってくるので、脳内の処理はさほどの負担になりません」

つまりベルリン・フィルハーモニーの特定の座席での聴取をシュミレートするのではなく、空中の理想位置で聴く体験を届けるということだ。

現状は、これまでの2チャンネル音源のアップミックスが中心だが、今後、積極的にオリジナルのイマーシブオーディオ(立体音響)録音を推進するとしている。たいへん楽しみではないか。

世界最高峰のオーケストラのひとつ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、2008年からインターネットを使ったライブ中継あるいはアーカイブ映像の配信を「デジタル・コンサートホール」という名称を積極的に行なっている。現在では4K映像+ハイレゾ音声にまで発展している。2022年6月にはついにドルビーアトモスを用いたイマーシブオーディオにも対応した

③WOWOWは、MQA+Auro-3Dなどの立体音響配信実験中

有料衛星放送サービスのWOWOWも配信高音質そして立体音響化の旗振り役だ。MQAとAuro-3Dによるさまざまな配信実験を通して、その可能性を探り、ハイレゾ・3Dオーディオのストリーミング再生に対応した「ω(オメガ)プレイヤー」アプリも開発した。現在は配付をいったん中止しているが、MQA、HPL(ヘッドホンでのイマーシブ再生)、Auro-3Dに対応している。

2022年6月のOTOTEN2022のWOWOWブースでのMQAのボブ・スチュアート氏、Auro-3Dのべーレン氏、WOWOWの入交英雄氏のパネル・ディスカッション「良い音とイマーシブオーディオの未来」では、世界初の「MQA+Auro-3D」が披露され、格段に高音質なイマーシブとの評価も高かった。今後、ωプレイヤーはスマホ、タブレットに入り、さらにテレビ、プレーヤー、AVアンプなどにも導入される方向だ。

時代はイマーシブだ。今後、この10年の展開以上の、積極的な動きが見られよう。

現在は実験段階だが、WOWOWは立体音響をどうやって配信で実現するか、積極的な実証実験を行なっている。低レートでハイレゾ音声が送れるMQAと、Auro-3Dを組み合わせて再生できる「ω(オメガ)プレイヤー」を使ったトライアルを2022年1月〜2月にかけて実施した

執筆者プロフィール

麻倉怜士(あさくら れいじ)
オーディオビジュアル評論家。津田塾大学/早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)
雑誌編集者を経て評論家の道へ。製品ジャンルやメディアの枠に留まらず、八面六臂、オールマイティな活動を続ける才人。現在、オーディオビジュアル専門誌HiVi(ステレオサウンド社刊)主催の、HiViグランプリ選考委員長。