日本オーディオ協会 創立70周年記念号2022autumn

『ハイレゾ、発展の10年』
メーカー開発者対談
エソテリック 加藤徹也 × マランツ 尾形好宣

ディスク、ダウンロードからストリーミングへ。
ハイレゾ音源の普及と聴き方の変化とメーカーの取り組み

この10年のデジタルオーディオにおける大きなトピックのひとつとして「ハイレゾ音源の普及」が挙げられる。そしてそのリスニングスタイルの主流は、ディスクを使った再生から、ダウンロード音源の再生、そしてストリーミング再生にシフトしつつある。次々と新技術が登場し、ハイサンプリング/ハイビット化が進むハイレゾ音源再生の分野において、ハードウェアメーカーはどのような取り組みを行なってきたのだろうか。ここではエソテリック株式会社取締役開発・企画本部長の加藤徹也氏、株式会社ディーアンドエムホールディングスGDPエンジニアリングのサウンドマスターとしてマランツブランドの音づくりを担う尾形好宣氏のおふたりをステレオサウンド社のリスニングルームにお招きし、ハイレゾ音源への取り組みの流れや、今後のハイレゾ音源再生のあり方についてお話をうかがった。

――「ハイレゾ」という言葉は、2014年にJEITA(電子情報技術産業協会)によって呼称の定義が周知されました。その定義によれば、44.1kHz/16ビットのCDクオリティを超えるPCMフォーマットおよびDSDフォーマットの音源は基本的にすべてハイレゾ音源ということになります。よって、DVDオーディオやSACD、あるいはBlu-rayオーディオといったディスクフォーマットに収録される音源も、広義ではハイレゾ音源ということになりますが、ここでは便宜上、「ダウンロード/ストリーミングで聴くCDクオリティ以上のデジタルファイル」をハイレゾ音源とし、話を進めていきたいと思います。まずはおふたりのオーディオやハイレゾとの関わりについて教えてください。

加藤徹也さん(以下、加藤):
私は2000年前後にDVDオーディオ規格の開発とPR活動に携わっていた関係で、CDクオリティ以上の音声フォーマットには比較的早い段階から接していました。そういう意味ではハイレゾとの関わりはもう20年以上ということになりますが、ダウンロード/ストリーミング以降のハイレゾ音源に絞って振り返るなら、ティアックブランドで担当させていただいたUD-501というUSB DACがまず印象に残っています。本機はReference 501シリーズにラインナップされる製品で、発売は2012年11月。ちょうど10年前の製品です。それまでさまざまな面においてハードルの高かったハイレゾ再生、特にDSDファイルの再生を、このUD-501で一般的なユーザーにも使っていただけるところまで引き下げることができた、という自分なりの達成感を得ました。

尾形好宣さん(以下、尾形):
私はもともとCDプレーヤーのエンジニアだったので、CDクオリティ以上のスペックを持つ音源との接点は1999年のSACD/CDプレーヤー、SA-1の設計に関わったのが最初です。その点では、加藤さんのキャリアとも重なるところがあります。その後、商品企画や製品、アプリの仕様などを担当するようになりました。デジタルファイルによるハイレゾ再生に初めて関わったのは、マランツ最初のUSB DAC搭載SACD/CDプレーヤーSA8004やネットワークプレーヤーNA7004が発売された2010年です。2016年以降はサウンドマスターという立場でマランツの音づくり全般に関わっています。

――音づくりにおいて、ハイレゾ音源の登場以前/以降で変わったところはありますか?

尾形:エンジニアとして一番大切にしているのは、オーディオ機器としての基本的なパフォーマンスです。まずはプレーヤーとして、アンプとして従来の水準に達していなければ、いくら最新の音声フォーマットやハイサンプリング/ハイビット音源に対応していても意味がないので、特別に「これはハイレゾファイル対応機だから」といったことは考えずにやってきた、というのが正直なところです。

加藤:私も同様です。音づくりにおいては、いまでも基準になるのはCDだったりしますから。CDの音がよくなければ、ハイレゾもいい音にはなり得ません。基本となるCDの音をしっかり追い込んだうえで、CDではあまり聴こえないけれど、ハイレゾだとよく聴こえる音、たとえば空気感などの再現性を詰めていきます。

尾形:CDとハイレゾでは、やはり音の密度が違いますよね。ただ、高域が伸びていればいいというわけでもありません。初期のSACDを聴いてしばしば感じたのですが、いくら帯域のレンジが広くても必ずしもCDよりグッとくる音というわけではないんです。

加藤:その点については私もいまだに悩みます。特にハイレゾが普及し始めた当初は、明らかにCDよりもスペックは高いのに、なぜか心に迫ってこない。「これはどういうことなのだろう?」と。それは音楽制作者の皆さん、レコーディングエンジニアやマスタリングエンジニアの方々も同じだったと思います。まだハイレゾという「器」を、うまく活かしきれていなかったわけです。そのあたりのノウハウがここ数年でようやく成熟し、CDでは絶対に聴けない音が聴けるようになってきました。ハードウェアもソフトウェアも、つくり手の「最終形を想像する力」が鍛えられてきた観があります。

尾形:私の場合は、当初ハイレゾの音を聴いて「ちょっと薄いな」と感じることが多かったんです。どういうことかと言いますと、帯域バランスを示すピラミッド型の底辺が短い。つまり、正三角形ではなく、底辺の短い二等辺三角形に感じられたんです。それは加藤さんが先ほどおっしゃるように、当時は録音側そしてわれわれも、技術的にも機材的にも充分な水準に達していなかったのだと思います。

――エソテリックは2019年に発売されたD/AコンバーターのGrandioso D1Xで「Master Sound Discrete DAC」を、マランツは2016年に発売されたUSB DAC搭載SACD/CDプレーヤーのSA-10で「MMM(Marantz Musical Mastering)」というオリジナルDACを実装しました。いずれも一般的な汎用DAC素子を使わない製品となりますが、こうしたDAC回路自体を開発した経緯や、苦労したエピソードなどあれば教えてください。

加藤:正直に言ってしまいますと、われわれは、マランツさんのSA-10にオリジナルのDACが搭載されているのを知って、「マランツさんがやったのなら、うちでもやれるんじゃないか?」という単純な発想でした(笑)。私どもは以前から、自社製品に搭載するためのDACについて、メーカーさんに対して事細かな要望を出していました。しかし、あくまでも汎用チップですから、要望がすべて通るわけではありません。ですからわれわれも「これ以上は汎用のチップでは難しいかな……」というところまで行き着いてしまった。そうしたタイミングでSA-10が登場したので、背中を押してもらった気分でした。実際にやってみると、思った以上に大変でしたね。同じ回路図でも、ひとつパーツが違えば音質は変わります。あるパーツが手に入りにくいので他メーカーのパーツで代用したら音が全然違う、ということはざらにあるわけです。

尾形:マランツの場合は、2012年に発売したUSB DAC搭載SACD/CDプレーヤーのSA-11S3が24ビットDACを搭載しているのですが、選択肢としてはこの時期すでに32ビットDACもありました。しかし、これについては当時のサウンドマネージャーだった澤田(澤田龍一氏。2016年に長年務めたマランツのサウンドマネージャーを引退し、現在はD&Mシニアサウンドマネージャー)が音質であえて24ビットDACを選んだという経緯がありまして。それで、この頃から「汎用のDACチップでは理想の音に到達できないのではないか」という、先ほどの加藤さんのお話と同じような議論が社内で交わされるようになりました。パーツの工面についても同様です。

――ダウンロード/ストリーミングでハイレゾ音源を聴く場合、ハードウェアとしてはパソコンからUSBケーブルを介し、いわゆるUSD DACを使って再生する方法のほか、ネットワークオーディオプレーヤーで再生する方法もあります。こちらについてはいかがですか?

加藤:私自身もリスナーとしては、最初にTIDAL(タイダル。日本未サービス)やQobuz(クーバス。日本未サービス)といった海外のサブスクリプション型ロスレス(CDクオリティと同等)/ハイレゾストリーミングサービスをネットワークオーディオプレーヤーで体験した時のカルチャーショックは大きかったですね。アナログレコードやCDの時代は、音楽コンテンツは自分でソフトラックから取り出して再生するのが当たり前でした。それはダウンロード音源についても基本的には同じで、HDDから聴きたい音源を選んで再生するスタイルになります。ところがストリーミングサービスをネットワークオーディオプレーヤーで聴く場合は、音源の選択はほぼ無制限。ソフトラックがほぼ無限大に広がり、自分のパソコンやスマートフォンのなかにバーチャルなレコードショップができるわけです。しかも音質は、スペック的にはCDと同等かそれ以上。そういう音源が無尽蔵に、しかも瞬間的に再生できるのですから、音楽に対する接し方からしてがらりと変わった感覚がありました。

尾形:私どもマランツは、デノンと共同開発したネットワークモジュール「HEOS(ヒオス)」を多くの製品に搭載しています。これにより、Amazon Music Unlimitedなど国内で利用できるロスレス/ハイレゾ音源を手軽にスピーカー出力で聴けるようになったと一定の評価をいただいておりますが、いっぽうで単体のネットワークオーディオプレーヤーは現行ラインナップから姿を消しました。それは、プリメインアンプにもSACD/CDプレーヤーにもネットワークオーディオ機能が付いているので、あえて単体機を求めるニーズが減少しているということに加え、いわゆるスマートスピーカーで満足しているユーザーがきわめて多いという理由も大きいと思います。確かに音声認識/操作機能を搭載したスマートスピーカーは使いやすくて便利ですが、それらは必ずしも豊かなリスニング体験をもたらしてくれるわけではありません。インターネットの普及・発達によって音楽に接する機会は確実に多くなっているわけですから、それによってもたらされる音楽体験がいかに豊かなものであるかを伝えるのがわれわれハイファイオーディオメーカーの務めではないかと思います。

――ここで、マランツのネットワークオーディオ対応SACD/CDプレーヤーのSACD30nと、エソテリックのネットワークオーディオプレーヤーのN-01XDをステレオサウンド社のリスニングルームの常設コンポーネントと組み合わせ、いくつかの音源を聴いてみました。加藤さんはマランツSACD30nのハイレゾ再生について、どのような印象を持たれましたか?

加藤:ハイレゾに限らず、「いい音で音楽を聴く」という行為から得られる感情のひとつに、「その場に行ったように感じられる」というものがあります。尾形さんがお持ちくださったチャイコフスキーの悲愴交響曲の96kHz/24ビット音源は、そんな空気感をしっかり再現してくれる再生でした。試しにSACDの音も聴かせていただきましたが、グレース・マーヤ『Last Live at DUG 』の冒頭に入っている「ルート66」では冒頭に尾形さんがおっしゃった「まずはディスク再生の基本をしっかり詰める」という音づくりに関する考え方を、説得力を持って実感することができました。

尾形:ありがとうございます。ひとつ付け加えさせていただくと、SACD30nは、ネットワーク再生時はメカエンジンの電源をオフに、ディスク再生時はネットワーク系の電源をオフにすることでノイズ干渉を防ぎます。ですから、週末に「今日はこのCD、SACDを1枚通してじっくり聴こう」といった聴き方にも最適ではないかと自負しております。

――尾形さんはエソテリックN-01XDのハイレゾ再生を聴いて、どのように感じられましたか?

尾形:加藤さんが再生されたホフ・アンサンブル『Quiet Winter Night』の収録曲をDXD352.8kHz/24ビットとDSD2.8MHz/1ビットで聴き比べましたが、それぞれの持ち味をしっかり描き分けて再現してくれていたと思います。先ほど話に出ました先代のサウンドマネージャーの澤田に、「オーディオ趣味はスポーツカーに乗ることと似ている」と言われたことがあります。つまり、それなりにお金がかかるし手もかかるけれども、つくり手側がある程度の「遊び」とか「余白」の部分を残しておくことで、ユーザーが自由に育てられる部分が増え、一緒に過ごす楽しみも増える、というわけです。私もそう思います。エソテリックはマランツよりも価格帯の高いハイエンドクラスでラインナップを展開されているので、趣味性の突き詰め方もより研ぎ澄まされている。そこが凄いと感じています。

加藤:ありがとうございます。今日は標準的なモードで聴いていただきましたが、Roon Readyに特化し、より高音質で音楽を聴いていただくモードを新たに設けました。ユーザーの自由度を保ちつつ、使いこなしの面では幅広いご要望に細かく応えていくことを心がけています。

――最後に、おふたりが現在のハイレゾ音源にまつわる状況や今後の展望について思うことを教えてください。

尾形:この10年でソフトウェア的にもハードウェア的にもハイレゾ再生に関する多くのノウハウが蓄積されたことは間違いありませんが、まだまだ成長の余地は残されていると思います。いっぽうで、現在の常識が5年後にも変わらず常識であるかどうかもわからない分野ですから、従来のエンジニア観とは異なる緊張感が求められます。次々と出てくる新しい技術をただキャッチアップするだけでなく、いい音のために本当に必要なものかどうかを常に見極めるようにしたいですね。

加藤:ハイレゾ音源、デジタルファイルの再生では、従来のオーディオラックには収まっていなかったパソコンなども含めた設定と音の追い込みが求められます。そういう意味ではCDやSACDの再生よりも気にすべきところが多く、アナログレコードの再生に近いところがあります。それだけ再生側の「腕」にかかっている部分が多いわけです。そんななかで「こういう音を聴きたい」というユーザーの気持ちに寄り添うのが私たちメーカーの役割だと思っています。プログラムソースとしての音楽の素晴らしさをいかにストレートに届けられるかを第一に考え、これからもモノづくりを続けたいと思います。

――貴重なお話を聞くことができました。ありがとうございました。


取材は株式会社ステレオサウンド社内の試聴室で実施した。プレーヤー以降の使用機材は次の通り。アキュフェーズE-5000(プリメインアンプ)、モニターオーディオPL300II(スピーカーシステム)

対談者プロフィール

加藤徹也(かとう てつや)
エソテリック株式会社
取締役 開発・企画本部長
1969年、東京生まれ。1991年、ティアック入社。プロ用オーディオ機器TASCAMブランドや民生用TEACブランド機器の開発。2000年からESOTERICブランド製品の開発に携わる。以降、数多くの製品を手掛ける。2015年、商品企画・開発担当の取締役就任。
尾形好宣(おがた よしのり)
株式会社ディーアンドエムホールディングス
GPDエンジニアリング サウンドマスター
1970年、東京都生まれ。1995年に日本マランツに入社し、約6年間CDプレーヤーの設計に従事する。2001年には商品企画に異動し、2007年から3年ほどアメリカに駐在。帰国して数年後に、前任者・澤田龍一氏から指名され、2016年春にサウンドマネージャー(当時の呼称)に就任し、現在に至る。