日本オーディオ協会 創立70周年記念号2022autumn

『ハイレゾ、発展の10年』
ポータブル&ワイヤレスで楽しむハイレゾ

関英木(ソニー株式会社)

はじめに

ソニーが1979年に発売したWalkman® TPS-L2とヘッドホンMDR-3L2の登場は、音楽リスニングを「いつでも」「どこでも」気軽に屋外にも持ち運べるスタイルへと変化させ、一日中場所を問わず音楽を楽しむことがひとつの文化となりました。


TPS-L2とMDR-3L2

時を経て今現在、ハイレゾオーディオの登場により、ホームオーディオのみならず、ポータブルオーディオプレーヤーやワイヤレスヘッドホンにおいても高音質化が進みました。

本稿では、ポータブル機器における高音質化技術の変遷を背景に、ハイレゾオーディオにおけるソニーの取り組みを述べたいと思います。

デジタル化から「ハイレゾ」への進化

オーディオのデジタル化はCDから始まったと思われている方も多いかと思いますが、その数年前にエポックメイキングな製品が出現します。それは1977年にソニーが発売したPCMプロセッサー、PCM-1でした。このモデルはベータマックスのビデオデッキとの併用により、サンプリング周波数44.056kHz、量子化13bitでデジタル録音・再生を民生用機器として初めて可能としました。これにより従来のアナログ方式に比べ、周波数レンジとダイナミックレンジの物理限界の可視化、大幅なS/Nの向上によって、解像度の高い録音・再生が楽しめることが話題となりました。


PCM-1

1982年にソニーとフィリップスの共同開発により規格化されたCDが発売されたことは皆さんもよくご存じのことと思いますが、その後1999年に同じくソニーとフィリップスの共同開発で規格化され、100kHz以上の高域再生が可能なDSDフォーマットによるSACD(スーパーオーディオCD)が登場します。またDVDフォーラムからは、PCMフォーマットによるステレオで最大192kHz/24bitに対応するDVDオーディオが登場。CDのクオリティを超える高音質な楽曲コンテンツが表現されるようになったこの頃から、「High Resolution」、「High Definition」、「High Bitrate」等の言葉がさかんに使われるようになりました。


CDP-101

2000年代にはインターネットのブロードバンド化が進み、CDのクオリティーを超える「ハイレゾ」音源が再生できるネットワークオーディオが流行します。「ハイレゾ」による高音質体験の普及に向けては、ハードウェアの高音質化だけでなく、コンテンツの拡充、配信サービスといった環境整備も重要であり、ソニーはレーベルやコンテンツプロバイダといった音楽業界との連携を重視し、ハイレゾの普及を積極的に推進しました。

2014年、日本オーディオ協会は『ハイレゾオーディオ』ロゴを会員企業向けにライセンス運用を始めます。このロゴの使用条件となる「ハイレゾ」機器の規格策定が行なわれ、「ハイレゾ」という言葉が一般に認知されるようになりました。

また、2016年頃からワイヤレスのイヤホンが大流行し、ワイヤレス伝送(Bluetooth)においても高音質化が望まれました。2018年に策定された『ハイレゾオーディオワイヤレス』ロゴおよびその使用条件は、気軽にハイレゾ音源を高音質で楽しむポータブル機器の重要な規格となりました。ハイレゾ音源を聴くのに相応しいと日本オーディオ協会が認証したBluetooth用コーデックを搭載し、またコーデック以外については、『ハイレゾオーディオ』ロゴの規格に準じている機器が対象となりました。ソニーが開発したLDAC(990kbps時)がその最初の認証コーデックとなりましたが、「ハイレゾ」をワイヤレスでも楽しめるという、新たなユーザーエクスペリエンスに繋がりました。

ポータブルオーディオプレーヤーの高音質化について

オーディオには様々な楽しみ方がありますが、気軽に高音質を持ち出せるポータブルオーディオプレーヤーは、どのように進化したのでしょうか。

ポータブルオーディオプレーヤーの代表であるWalkmanは、カセットテープの再生専用プレーヤーとして誕生し、新たな市場を開拓しました。80年代中頃には、CD再生が出来るポータブルオーディオプレーヤーが発売され、メディアのデジタル化が始まります。その後もDAT、MDなどメディアの形態を変えながら、若者たちの生活に欠かせないアイテムとしてWalkmanをはじめとするポータブルオーディオプレーヤーは進化を続けます。

2000年代に入り、ポータブルオーディオプレーヤーにも大きな変化が現れます。それまでは、主にレコードあるいはCDからダビングしたものを聴くというのがポータブルオーディオプレーヤーで楽曲を楽しむスタイルでしたが、PCアプリとの連携によりサイトからダウンロードした音楽ファイルをポータブルオーディオプレーヤーに転送して楽曲を楽しむ、という新しいスタイルに変わりました。

その後、メディアはフラッシュメモリー型が主流となり、小型・軽量化が進む一方で、フラッシュメモリーの容量は年々大きなものになります。さらにCDのクオリティを超える「ハイレゾ」の音源が配信されるようになると、ポータブルオーディオプレーヤーにおいてもPCM 96kHz/24bitといった大容量・高品位の音楽ファイルに対応することが期待されました。

ソニーは、このハイレゾ時代への高音質化を図る技術のひとつとして、アナログへの変換を処理中に行なわないフルデジタル方式のアンプS-masterを開発しました。これは信号の劣化が極めて少なく、高効率で省電力であるという観点からも、Walkmanの高音質化に適した技術と言えました。


アナログ方式のパワーアンプ部とS-masterによるパワーアンプ部の構成

2013年に発売したNW-ZX1(上位機種)とNW-F880(普及機種)シリーズでは、S-masterを進化させたS-master HXを搭載し、PCM 192kHz/24bitのハイレゾ音源にも対応できるようになりました。特にZX1では他に機内配線の強化で力強い低音と瞬発力のある中高音を、また大型の高音質コンデンサーを使用することでノイズを極小化、透き通った高音と力強い中低音を実現、また金属削り出しシャーシを採用するなど、その後の高音質Walkmanの基礎を作りました。


NW-ZX1

2022年現在、NW-WM1ZM2(上位機種)とNW-A100(普及機種)シリーズを発売しています。これらは筺体への金属削り出しシャーシや、それまでに蓄積し、進化させてきた小型高音質技術を継承し、内蔵音源でも、ストリーミングでも、ヘッドホンの有線接続による『ハイレゾオーディオ』を、また左右独立型完全ワイヤレスヘッドホンとの組み合わせで手軽に『ハイレゾオーディオワイヤレス』でも楽しめるポータブルオーディオプレーヤーとして好評を得ています。


NW-WM1ZM2の筐体
左から無酸素銅ブロック、切削、金メッキ処理、完成品

ヘッドホンの高音質化、ワイヤレス化について

ポータブルオーディオプレーヤーの相棒として欠かせないのがヘッドホンですので、こちらの進化についても述べます。

ステレオヘッドホンの起源は1957年J.C.KOSSのSP3になりますが、ソニー初のステレオヘッドホンは、1964年に誕生したDR-1Aでした。これはテープレコーダーのモニター用に開発されたもので、まだ屋外で気軽に音楽を楽しむという用途の物ではありませんでした。1979年に初代Walkmanの相棒として登場した、小型軽量ヘッドホンMDR-3(Walkmanの付属品はMDR-3L2)は、それまでの概念を覆し、ヘッドホンを装着したまま屋外で音楽を聴くというスタイルを定着させました。

当時としては画期的に小さなφ23mmのドライバーユニットの開発がこのヘッドホンのポイントでしたが、このサイズの背景には、テレビ放送で写っていた、東京タワーの建設現場に居た「とび職人」が耳に10円玉を挟んで強風から鼓膜を守っている姿を、当時のヘッドホン開発者が見て発案されたという逸話があります。

また、その10円玉を挟むことからヒントを得られた「耳穴に入るサイズの新しいヘッドホン」として、φ16㎜のドライバーユニットを搭載したダイナミック型初のインイヤーステレオヘッドホン(以下イヤホン)MDR-E252が1982年に発売されます。「N・U・D・E」のドキッとするようなサブネームとともに、Walkmanとの組み合わせで屋外へ音楽を手軽に持ち出すアイテムとして大変な話題を呼びます。

以後、イヤホンとポータブルオーディオプレーヤーとの組合せは、音楽を持ち運ぶ主流のデバイスとなっていきます。


MDR-E252

ソニーはダイナミック型からバランスドアーマチュア型に至るまで、デバイスを社内設計しており、高音質化に対してもその強みが発揮されています。2014年、ソニー初のイヤホンのハイレゾモデルとして発売したXBA-Z5は、アルミコートLCP(液晶ポリマーフィルム)振動板のφ16㎜ドライバーユニットと2基のバランスドアーマチュアのハイブリッド構成で40kHz再生に対応しました。

2019年には、100kHz再生という超高域対応のΦ5㎜ダイナミック型ドライバーユニットを開発し、IER-Z1Rを発売しました。


IER-Z1R

また、非常に細かな音が聞こえることが特徴である「ハイレゾ」も、周囲の音に煩わされたのでは意味がありません。そこで、ヘッドホンの利便性を向上させたノイズキャンセリングという重要な技術の話は外せません。

ソニーのノイズキャンセリング技術は、1992年に航空機の客室用に開発されたMDR-5700に始まりました。2008年には、デジタルノイズキャンセリングに進化したMDR-NC500Dが発売され、一層精度の高いキャンセリング性能を実現しました。


デジタルノイズキャンセリング概念図

2016年に発売されたMDR-1000Xは、業界最高クラスのノイズキャンセリング性能とBluetoothワイヤレス伝送LDAC(最大990kbps)も搭載し、2018年に策定された『ハイレゾオーディオワイヤレス』ロゴの規格に準拠した性能をすでに有していました。


MDR-1000X

一方ワイヤレスヘッドホンは、左右の接続ケーブルやヘッドバンドを無くした左右独立型完全ワイヤレスイヤホンについても、2020年に『ハイレゾオーディオワイヤレス』ロゴの規格へ追加がされたことから、2021年から発売しているWF-1000XM4は、オーディオプレーヤーとの伝送方法も進化させ、左右の位相差をきわめて少なくしたソニー初の『ハイレゾオーディオワイヤレス』ロゴを冠した左右独立型完全ワイヤレスイヤホンとなり、ポータブルオーディオプレーヤーとの組合せで非常にコンパクトなシステムで「ハイレゾ」を楽しめるようになりました。


WF-1000XM4

さいごに

アナログからデジタルへ、さらに「ハイレゾ」へとオーディオは高音質化が進みました。また音楽は「パッケージメディア」という形から、ダウンロードサービス、さらにはストリーミングサービスといった形に変化しており、ユーザーは多様なリスニング手段、リスニングスタイルが選べるようになっております。ここで紹介したようにソニーのポータブルオーディオは高音質化への貢献と、お客様が常に良い音を「どこでも」気軽に聴いて楽しんでいただけるような製品開発を続けることで、今後もお客様に喜びと感動をお届けするよう、努力を続けていく所存です。

執筆者プロフィール

関英木(せき ひでき)
ソニー株式会社 ポータブルスピーカー音響設計担当
日本オーディオ協会ハイレゾWG主査
1967年、東京都生まれ。1990年、ソニー株式会社入社。ヘッドホンの筐体機構設計に従事。1999年、ダイナミック型ドライバーユニットを用いた量産カナル型インイヤーヘッドホンを考案。インイヤーヘッドホンの主流である、装着性に優れたカナル型の普及に貢献。現在はポータブルスピーカーの音響設計とテーラーメイドインイヤーヘッドホン〔Just ear〕の音響コンサルタントに従事。