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JASジャーナル目次
2026summer
日本のスピーカー技術の灯を消さない
「営業から製造まで」一貫した思想で紡ぐモノづくりの価値と体験がもたらす音響の未来
北日本音響株式会社 執行役員 事業本部長 芳潟靖彦

1. はじめに:日本オーディオ協会への入会と、熱気に満ちたOTOTEN初出展を終えて
この度、北日本音響株式会社は、2026年6月より一般社団法人日本オーディオ協会の正会員として入会させていただく運びとなりました。諸先輩方が築き上げてこられた日本の豊かなオーディオ文化と技術の系譜に加わることができますことは、身の引き締まる思いであると同時に、大きな誇りでもあります。
そして入会早々、先般開催されましたOTOTEN2026において、念願の初出展を果たすことができました。これまでBtoB(企業間取引)のスピーカーユニット専業メーカーとして、数多くのブランド様を支える「黒子」として歩んできた私たちにとって、この出展は、自社ブランド「MotherAudio(マザーオーディオ)」と当社の技術的アイデンティティを、オーディオファンや業界関係者の皆様へ直接発信する重要な挑戦の場となりました。
会期中、私たちのブースには予想をはるかに上回る多くの皆様にお越しいただきました。ブース内で交わされた熱い対話、そして展示した製品へ寄せられた期待に満ちた眼差しは、私たちにとって何よりの財産となりました。
本稿では、日本のスピーカー製造業が直面する厳しい現実を見据えつつ、自社ブランドMotherAudioの取り組みや、新型スピーカーユニット「MS-TAMANEGI」の開発背景をご紹介します。あわせて、山形県酒田市での設計・開発と中国自社工場の連携により、創業以来スピーカーづくりに邁進してきた当社の歩み、その技術的矜持、そして私たちが提唱するこれからの音響体験のあり方についてお伝えいたします。
2. 自社ブランド「MotherAudio」:音の原点を見つめ、未来へ届ける
北日本音響は半世紀にわたり、BtoBのスピーカーユニット専業メーカーとして、多くのお客様の製品づくりを支えてまいりました。その一方で、私たち自身が培ってきた音づくりを、最終製品として直接ユーザーの皆様へ届けたいという想いから、2017年に立ち上げたのが自社ブランド「MotherAudio」です。
「MotherAudio」というブランド名には、人が最初に触れる「音の原点」への想いが込められています。人は生まれる前から、母親の胎内で音を聴いています。規則正しく刻まれる鼓動のリズム、身体を通して伝わる温かな振動、そして安心感。私たちが最初に触れる音の記憶は、言葉や音楽よりもずっと前から始まっています。音が持つ本来の力、人の心に寄り添う力を大切にしながら、より多くの方へ豊かな音体験を届けたい。それが私たちの原点です。
近年のオーディオ市場では、ワイヤレス化やノイズキャンセリング、AI機能など、さまざまな付加価値が求められる時代となりました。それらはいずれも重要な技術ですが、私たちは、その中心には常に「音そのものの価値」があるべきだと考えています。どれだけ機能が進化しても、音楽を聴いて感動する瞬間や、アーティストの声に心を動かされる瞬間の価値は変わりません。
これまでMotherAudioでは、有線イヤホン4機種、無線イヤホン1機種を世に送り出してきました。それぞれ異なる個性を持ちながらも、共通しているのは「自然で聴き疲れしにくい、スピーカーライクな音づくり」です。長時間音楽を楽しんでいただくためには、単に迫力や刺激を追求するだけではなく、バランスの取れた音響設計が欠かせません。私たちは製品開発において、測定データという「科学」だけではなく、実際の試聴による「感性」を重視しています。音は数値だけでは語れない部分が多く、人がどのように感じるかが重要だからです。
そして2026年7月、MotherAudioはこれまでのイヤホン製品とは異なる新たなカテゴリーへの挑戦として、北日本音響が培ってきたスピーカー製造技術をダイレクトに活かした、新型スピーカーユニット「MS-TAMANEGI」を発売いたしました。
3. ヤマハの独自技術との融合:次世代フルレンジユニット「MS-TAMANEGI」
「MS-TAMANEGI」は、北日本音響が長年培ってきたスピーカー設計思想と、ヤマハ様との技術コラボレーションから生まれた新型9cmコーン型フルレンジスピーカーユニットです。
MS-TAMANEGI
本製品には、楽器・音響機器メーカーであるヤマハ様が開発した、独自の振動系素材テクノロジーによる次世代振動板を採用しています。日本国内で徹底した品質管理のもと生産されたこの振動板は、スピーカー設計者が長年向き合ってきた「軽量性・高剛性・高応答性」という課題に、高いレベルで応える特性を備えています。
可動質量(m₀)は2.8g。このサイズのユニットとしては極めて軽量であり、微小な入力信号にも俊敏に応答します。さらに、分割振動を抑制する軽量・高剛性コーン構造により、フルレンジユニットでありながら高域再生限界35kHzを実現しました。
OTOTEN2026では展示のみの公開でしたが、多くの来場者から高い関心を寄せていただきました。特に自作オーディオを楽しまれているベテランの皆様からは、以下のような熱量の高い質問やフィードバックを頂きました。
「9cmという小口径フルレンジでm₀が2.8g、高域が35kHzまで伸びているというのは驚異的だ。一体どんな音がするのか、早く聴いてみたい」
「ヤマハの次世代振動板技術をライセンス採用していると聞き、技術的なアプローチに非常に興味が湧いた」
「スペックだけでなく、『聴き疲れしない、自然な音づくり』がどう反映されているのか、発売が待ち遠しい」
また、当社が半世紀にわたり設計から製造までを一貫して自社グループ内で手掛けていることをお伝えすると、「日本国内にまだこれだけのモノづくりができるメーカーが残っていたのか。」「ぜひ日本の技術の灯を守り続けてほしい。」という激励のお言葉も数多く頂戴しました。私たちが歩んできたものづくりの価値を改めて実感させてくれる、大きな励みとなりました。
4. 北日本音響の強み:営業から製造までを貫く「北日本音響イズム」
かつて日本は世界をリードする「オーディオ王国」であり、国内には数多くのスピーカーメーカーや、それを支える優れた部品メーカーが存在していました。しかし近年では、製造拠点の海外移転や市場構造の変化により、国内でのスピーカー生産は急速に縮小しています。その一方で、中国をはじめとした海外メーカーが大きな存在感を示しています。このような環境の中でも、北日本音響が事業を継続し成長を続けてこられた背景には、当社ならではの事業体制があります。
当社の最大の強みは、お客様の声を聴く営業から、設計・開発、工程設計、そして最終製品を形にする製造工程まで、すべてのプロセスに一貫した「北日本音響イズム」が貫かれていることです。このような一気通貫の体制を自社グループ内で維持しているスピーカーメーカーは、国内でも少なくなっています。
私たちのものづくりは営業活動から始まります。営業は単なる販売窓口ではありません。お客様が抱える音響課題や「理想の音」への想いを深く汲み取り、社内へ橋渡しする役割を担っています。営業が持ち帰った生の声は、山形県酒田市の設計・開発チームへフィードバックされ、3D CADやCAE解析、スピーカー専用シミュレーション、さらに無響室での測定・試聴を経て、試作品として迅速に具現化されます。
そして、その設計思想を量産品へ落とし込むのが、当社が管理・運営する中国自社工場です。一般的な外部委託生産(OEM)では、設計図に表れない微細なノウハウや製造現場ならではの知見が十分に反映されないことがあります。しかし当社では、積み重ねてきた製造技術と品質管理体制を中国自社工場へ展開し、設計段階で目指した音づくりを量産品へ忠実に反映しています。
営業が聴いたお客様の理想が、設計者のこだわりとなり、自社工場の製造ラインで形になる。この一連の流れを一本の太い背骨のように貫いているもの、それこそが私たちの「北日本音響イズム」です。
5. スピーカーメーカーの立場から:音響設計の本質と技術的アプローチ
スピーカーは、電気信号という目に見えないエネルギーを、空気の物理的な振動へと変換する「アナログ技術の極み」です。どれだけデジタル技術やシミュレーションが進化しようとも、スピーカーユニットの設計には、常に相反する物理特性(トレードオフ)との戦いがあります。私たちは、このトレードオフをいかに克服し、音楽としての「感動」へと昇華させるかという課題に真摯に向き合ってきました。
(1)振動板におけるジレンマの克服
スピーカーの音質を決定づける大きな要素のひとつが振動板です。理想的な振動板には、以下3つの条件が同時に求められます。
- 軽量性(入力信号に対して俊敏に応答し、変換効率を高めるため)
- 高剛性(ピストンモーション領域での変形を抑え、不要な分割振動を防ぐため)
- 適度な内部損失(素材固有の鳴きや不要な余韻を速やかに減衰させ、自然な音色へ整えるため)
しかし、これらは物理的に相反しやすい特性です。例えば、剛性を高めるために振動板を厚くすれば質量が増加し、過渡特性、すなわち音の立ち上がりや立ち下がりに影響を与えます。また、硬い素材は高剛性を得やすい一方で、内部損失が不足すると素材固有の鳴きや分割振動のピークが現れやすくなります。私たちは、パルプの配合比率から抄紙、乾燥条件、さらにはハイブリッド素材の成形技術に至るまで独自のノウハウを蓄積し、このジレンマに対する最適解を追求し続けてきました。
(2)磁気回路とサスペンションの線形性(リニアリティ)の追求
どれだけ優れた振動板であっても、それを駆動する磁気回路と、それを支持するサスペンション、すなわちエッジやダンパーが正確に動作しなければ、本来の性能を発揮することはできません。ボイスコイルが磁気ギャップ内をストロークする際、磁束分布や駆動力が変動すれば、大入力時に非線形歪みが増加します。特に、ボイスコイル位置に対する駆動力の変化、いわゆるBL特性の乱れは音の濁りや歪みの原因となります。
私たちは、ポールピースやプレート形状を最適化することで磁気ギャップ内の磁束分布を整え、ストローク時の駆動力変動を抑える設計を行っています。さらに、サスペンションの復元力に高い対称性を持たせることで、微小なピアニッシモから力強いフォルテッシモまで、振幅の大小にかかわらず安定した動作を目指しています。これにより、歪みの少ない澄んだ音の立ち上がりと、音像定位や空間表現の再現性向上に寄与しています。
6. これからの北日本音響:音を「聴く」を超えて、「触れて、体感する場づくり」へ
今回のOTOTEN2026では、「MS-TAMANEGI」の展示を通じ、多くの方々から「早くこのユニットの音を聴いてみたい」という熱いお声を頂きました。これは私たちにとって非常に重要な気づきとなりました。オーディオの本当の楽しさや感動は、カタログスペックやスマートフォンの画面越しでは決して伝わらない。そのアナログな事実を、改めて認識したからです。
特に「MS-TAMANEGI」のようなスピーカーユニットは、それ単体では音を鳴らすことができません。ユーザー自身がエンクロージャー(箱)を選び、あるいは自作し、ユニットを取り付け、配線して初めて命が吹き込まれます。この「自らの手で音を創り上げるプロセス」こそが、クラフトオーディオの醍醐味であり、他では得られない深い愛着と感動を生み出します。
これからの北日本音響、そしてMotherAudioが目指すのは、単に優れた製品を販売することではありません。展示にとどまらず、実際に音を聴き、体験できる試聴会やワークショップなど、リアルな場を積極的に創出していきたいと考えています。実際にスピーカーユニットへ触れていただき、日本製コーン紙の質感や磁気回路の重みを肌で感じていただく。ワークショップを通じてスピーカーが音を出す仕組みを学び、自ら組み立てたスピーカーから初めて音が鳴った瞬間の喜びを分かち合う。こうした「音を聴くだけではなく、自ら触れ、体感する場づくり」こそが、これからの時代にオーディオの魅力を多くの方々、そして若い世代へ届けるために不可欠であると確信しています。
私たちは、スピーカーを単なる「情報伝達の道具」ではなく、「人の心や暮らしを豊かに彩る存在」として再定義し、その魅力を体験できるコミュニティや場を、日本オーディオ協会の皆様とも連携しながら広げていきたいと考えています。
7. 未来への取り組み:50年企業から100年企業へ、そして「技術の継承」
私たちは現在、「50年企業から100年企業へ」という長期ビジョンのもと、持続可能な企業へ進化するための取り組みを推進しています。
(1)技術の脱属人化とDXの融合長年、熟練技術者の「耳」と「手」に支えられてきた音響
チューニングや製造ノウハウを、デジタルデータとして可視化・標準化するプロセスを進めています。感性を支えるための科学的アプローチを融合することで、若い世代への技術継承を加速させています。
(2)若手人材の積極採用
次世代の音響エンジニアを担う若い人材の採用にも積極的に取り組んでいます。アナログ音響学の基礎から最新のデジタル信号処理(DSP)技術までを体系的に学べる環境を整え、ハイブリッドなものづくり集団の育成を進めています。
(3)新領域への挑戦
スピーカーユニット単体の提供にとどまらず、アンプ回路や通信技術までを統合した「通貫型システム」の開発力を強化しています。車載分野、産業機器分野、さらにはスマートホーム分野など、音響技術が求められる新たな市場にも積極的に挑戦しています。
8. おわりに:日本の音響技術の未来を信じて
スピーカーづくりは、物理学であり、化学であり、そして最後には人間の「感性」への深い洞察が求められる奥深い技術です。
国内の製造業を取り巻く環境は依然として厳しい状況にありますが、私たちは決して悲観していません。OTOTEN2026では、私たちのブースに集まってくださった多くの方々の熱気と、「良い音」に対して妥協のない眼差しを目の当たりにしました。どれだけAIやデジタル技術が進化しようとも、人が「本物の音」に触れ、身体で感動する根源的な価値は決して変わらないと私たちは確信しています。
日本オーディオ協会への入会、そしてOTOTEN2026への初出展は、北日本音響にとって新たな未来を切り拓く大きな一歩となりました。私たちは、日本の音響技術の伝統を守るだけでなく、それをさらに進化させ、自社の強みとパートナー企業の皆様との技術コラボレーションを活かしながら、世界へ発信していく決意です。
「音の原点」を忘れることなく、技術を磨き、人々の暮らしに寄り添う豊かな音響体験を届け続ける。それが北日本音響、そしてMotherAudioの使命です。今後の挑戦にも、ぜひご期待ください。そして、OTOTEN2026の会場で出会えたすべての皆様、日本オーディオ協会の会員の皆様へ、この場をお借りして心より御礼申し上げます。
執筆者プロフィール

- 芳潟靖彦(よしかた やすひこ)
北日本音響株式会社 執行役員 事業本部長
1968年、山形県生まれ
1992年、北日本音響株式会社入社
品質管理部、営業部、海外自社工事副総経理を経て、2022年、執行役員事業本部長就任









