2026summer

VELVET SOUNDがオーディオ用オペアンプに込めたもの
― AK4911/AK4912の開発背景と技術的特徴 ―

旭化成エレクトロニクス株式会社
製品開発センター ミックスドシグナル開発部
高音質製品開発 リードエキスパート 中元聖子

1. はじめに

旭化成エレクトロニクス株式会社(AKM)はオーディオやセンサーの半導体ICソリューションを提供する会社です。そして、オーディオ用半導体ICソリューションのブランドとして、「VELVET SOUND」を2014年より展開しています。

ブランドリリースから12年が過ぎましたが、この年月は、部品サプライヤーという典型的なBtoBビジネスを営む私たちが、BtoBtoCを意識して「誰にどんな体験を届け、どんな気持ちになってもらいたいのか」と問い続け、その姿勢をより鮮明にしていった日々でもあります。その過程で、立ち上げ当初は「原音重視」と謳っていたブランド理念も、私たちの姿勢をより分かりやすく表現する言葉を求めて、「“まるでそこにいるかのような”音の世界を」へと変化しました。

さて、このような理念の変化を象徴する取り組みの一つとして、私たちはこれまでの製品ポートフォリオにはなかった、オーディオ用オペアンプAK4911およびAK4912を開発しました。AK4911はシングルチャンネル(1回路)、AK4912はデュアルチャンネル(2回路)の仕様です。

OTOTEN2026ではこの新開発のオーディオ用オペアンプの音を多くの方々にご試聴いただき、「クリアで透明感が高い」「解像度や空間表現に優れている」「自然で聴き疲れしない音」といったご感想を数多くいただきました。オーディオ愛好家やオーディオ業界の関係者が数多く集まるOTOTENで、このような評価を受けられましたことを大変うれしく思うとともに、本製品への期待の大きさを実感しました。

本稿では、その開発背景と技術的特徴について、紹介いたします。

2. オーディオ用オペアンプ開発の背景

VELVET SOUNDは、これまでデジタル-アナログ変換器(DAC)を中心に高音質化への取り組みを続けてきました。その過程で、デジタル回路部とアナログ回路部を分離したDACアーキテクチャを提案するなど、より高い性能と音質設計自由度の両立を目指してきました。

一方で、このような開発を進める中で新たな課題として浮かび上がってきたのが、DAC後段のアナログ回路におけるオーディオ用オペアンプの性能でした。例えば、AK4499EXではI/V変換回路、AK4497Sでは差動出力をシングルエンドへ変換するDiff-to-Single回路など、オーディオ用オペアンプはDAC性能をシステム全体で発揮するために重要な役割を担っています(図1)。


図1 DAC後段アナログ回路におけるオペアンプの役割

年々、DACのノイズ性能や歪性能は極めて高いレベルへ向上しています。その結果、ハイエンドからフラグシップDACに対応するオーディオ用オペアンプには、低ノイズ、低歪、大電流駆動などの性能を同時に満たすことが求められるようになりました。しかし、それらをすべて満たすオーディオ用オペアンプの選択肢は極めて限られており、開発の現場ではデバイス選択や回路構成の妥協を迫られる場面もしばしばありました。

こうした背景から、私たちはオーディオ用オペアンプに求める性能を改めて見直すことにしました。

3. オーディオ用オペアンプに求めた性能

オーディオ用オペアンプAK4911、AK4912の開発では、DACの性能を余すことなく引き出すことに加え、オーディオ機器の設計者に、より大きな音質設計自由度を提供することを目指しました。そのため、次の要素を特に重視しました。

3.1 低ノイズ特性

まず、DACの性能をシステム全体で引き出すために重視したのが、低ノイズ特性と低歪特性です。本製品では、オペアンプ自身がシステム性能の制約要因にならないよう、入力換算雑音密度0.96nV/√Hz(1kHz)、20Hz~20kHz帯域における入力換算ノイズ130nVrmsを実現しました(図2)。


図2 AK4911/AK4912の入力換算雑音密度

例えば、弊社のフラグシップDAC AK4499EXのS/N 135dBは、DAC単体の内部ノイズだけで決まる値ではありません。この値は、図3に示す推奨I/V変換回路を用いた差動出力9.2Vrms基準のシステム性能であり、I/V変換回路のオペアンプや帰還抵抗など、後段アナログ回路のノイズも含めて達成される値です。

このとき、システム全体で許容される差動出力換算ノイズは約1.64µVrmsとなります。本製品では、オペアンプ由来のノイズをこのノイズバジェットに対して十分に小さい水準に抑えることで、フラグシップDACの性能を妨げない設計としました。なお、もちろんですが、DAC AK4499EX自身も、システム全体で135dBを実現するために、非常に低い内部ノイズとなるよう設計されています。

このように、本製品はシステム全体のノイズバジェットに対して十分小さいオペアンプ由来ノイズを実現しており、高性能DACの実力をシステム全体で最大限に引き出せるよう設計しています(図3)。



図3 AK4499EX推奨I/V変換回路におけるノイズバジェット例

3.2 低歪特性


図4 AK4911/AK4912のFFTスペクトル(1kHz、5Vrms出力時)

低歪特性についても、フラグシップDACの性能をシステム全体で引き出すうえで重要な要素となるため、本製品ではTHD+N -150dB(1kHz、5Vrms出力時)の低歪特性を実現しました(図4)。

オペアンプの歪を低減する手段としては、高いオープンループゲインを確保し、帰還によって誤差成分を十分に抑え込むことが有効です。一方で、オープンループゲインを高めるほど、回路の安定性や位相余裕との両立は難しくなります。特に、実際のオーディオ機器で使用される負荷条件や周辺回路の影響を受けながら、オーディオ帯域全体で低歪特性を維持することは、オペアンプ設計における大きな課題です。

本製品では、この課題に対応するため、独自の回路技術を新たに開発しました。本技術により、高いオープンループゲインと十分な位相余裕を両立させ、THD+N -150dBという低歪特性を実現しています。これにより、フラグシップDACと組み合わせた場合でも、オペアンプがシステム性能の制約要因となりにくい設計としました。

3.3 大電流駆動

DACの電流出力をI/V変換回路で電圧に変換する場合、オペアンプにはDACから出力される信号電流をリニアに扱う能力が求められます。弊社のフラグシップDAC AK4499EXでは、フルスケール信号出力時、差動片側のI/Vアンプ1個あたりで、±18mApeak程度の信号電流をリニアに処理できる必要があります。

さらに、ハイエンドオーディオ機器では、音質設計の自由度を高めるため、複数のDAC出力を加算して使用する構成も広く採用されています。このようなマルチDAC構成では、I/V変換回路に流れ込む電流がさらに大きくなるため、オペアンプにはより高い電流駆動能力が求められます。

このような背景から、本製品では120mAの大電流駆動能力を実現しました。これにより、フラグシップDACやマルチDAC構成においても十分な電流駆動能力を確保し、低インピーダンスI/V変換回路をはじめとする幅広い回路構成に対応できるようになりました(図5)。


図5 DAC電流出力の加算とI/Vアンプの電流駆動要求

3.4 高電源電圧

本製品は最大±25Vの電源電圧に対応しています。これは一般的なオーディオ用オペアンプと比較しても特徴的であり、ハイエンドオーディオならではの要求に応えた仕様の一つです。

この仕様は、高集積化、低電圧化、低消費電力化など「より小さいもの」を目指して進化してきた半導体技術の方向性とは必ずしも一致するものではありませんし、半導体設計者の立場から見れば、ある意味で真逆とも言える選択です。高耐圧デバイスを採用することは寄生容量の増加につながり、十分な位相余裕を確保しながら低ノイズ・低歪特性を高いレベルで実現することは容易ではなくなるため、設計難易度は格段に高くなります。しかし、オーディオの世界においては、高電源電圧という選択が設計自由度や音づくりの可能性につながることも少なくありません。

高い電源電圧は、広いダイナミックレンジを実現するとともに、大きな信号振幅を、余裕を持って扱うことを可能にします。また、前節で述べた大電流駆動能力と併せて備えることで、大信号領域においてもリニアな動作を維持しやすくなり、フラグシップDACの性能を十分に引き出すことができます。

こうした背景から、本製品では最大±25V対応を実現しました。

3.5 パッケージ

私たちは、これまで既存のオーディオ用オペアンプを使用する中で、二つの疑問を持っていました。

一つは、高い電源電圧で動作し、大きな電流を扱うにもかかわらず、多くのオーディオ用オペアンプが放熱パッド(Exposed Pad)を備えていないパッケージを採用していること。もう一つは、2チャネル品でありながら、チャネルごとの電源配線まで十分に考慮したピン配置になっていないことです。そこで本製品では、これら二つの疑問に応えるべく、パッケージ設計についてもゼロから見直しました。

まず、本製品では、大電流駆動、高電源電圧対応を実現するうえで避けて通れない課題となる発熱に対し、放熱性を高めるための放熱パッドを採用しました。さらに、入力端子・出力端子の複数ピン化や独立した電源端子の配置を実現するため、16ピンパッケージを採用しました。これにより、チャネルごとの電源配線を分離し、パッケージ内部のボンディング配線インピーダンスの低減を図っています。

また、16ピンパッケージを採用しながらも、初期評価では既存資産を活用できるよう配慮し、従来のSOIC-8パッケージ用ランドにも実装可能な端子配置としました。これにより、既存の評価基板を活用した迅速な試作・試聴評価が可能となり、回路比較や音質評価を効率的に行うことができます。

このように、パッケージについても回路設計の一部として捉え、放熱性、電源配線、実装性まで含めて最適化しました(図6)。


図6 AK4911/AK4912のパッケージ設計上の特長

4. おわりに

本稿では、AK4911、AK4912の開発背景と技術的特徴について紹介しました。

今回開発したオーディオ用オペアンプは、DACだけでなく、後段アナログ回路やパッケージまで含め、システム全体で音質を追求するという考え方から生まれた製品です。開発にあたっては、測定性能だけでなく、フラグシップDACと組み合わせた実システムでの試聴評価も重ね、VELVET SOUNDが目指す音づくりとの整合性を確認しました。音の細部まで澄み渡るクリアさと、空間の自然な広がり、芯のある力強さを高いレベルで融合することで、リアルで没入感のあるサウンド体験を目指しています。優れた測定性能と音楽的な表現力を両立することが、これからのオペアンプに求められる価値だと考えています。

これからもVELVET SOUNDは、半導体ソリューションを通じて、「“まるでそこにいるかのような”音の世界をお届けします」というブランドメッセージに込めた価値を、より多くのオーディオ機器へ広げていきたいと考えています。

執筆者プロフィール

中元聖子(なかもと せいこ)
旭化成エレクトロニクス株式会社 製品開発センター
ミックスドシグナル開発部 高音質製品開発 リードエキスパート

約30年にわたり、DACをはじめとするオーディオICの設計・開発に従事。高音質化技術の開発から製品化まで幅広く携わり、現在はVELVET SOUNDの技術開発・普及に取り組んでいる。