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JASジャーナル目次
2026spring
立体音響がつなぐ能登の「記憶」
作曲家・サウンドデザイナー 足立美緒

1. はじめに
2026年3月、東京都江東区西大島の団地の一角で、東京から能登を応援するコミュニティー「のと部」による春まつりが開催されました。能登の食材や工芸品が並び、チャリティバザーやワークショップなどで賑わう会場の一空間に、私は8chキューブ立体音響システム[参考1]を構築しました。リスナーを囲む上下4台ずつキューブ状に配置された8つのスピーカーから再生されるのは、能登半島各地のフィールドレコーディングです。私自身による録音もありますが、その多くは、フィールドレコーディング初心者も多数の、様々な背景を持つ「のと部」の部員たちが現地で記録した音源です。

「のと部春まつり2026」『音の記録、音の記憶 – フィールドレコーディング展示』展示風景(撮影:山下智代)
この8chキューブのシステムは、小型の機材で構成されており、私一人で、公共交通機関で持ち込み、設営を行ったものです。身軽でインディペンデントな、あえて言えば既存のオーディオ的価値観の外側にあるインスタレーションを、どのようにして実現したのかをレポートしたいと思います。
※タイトル画像は輪島市門前町黒島漁港でのフィールドレコーディング(撮影:小田真矢)
2. 『音の記録、音の記憶』
私は作曲家として映像音楽や舞台・空間音楽等を手掛ける傍ら、土地のフィールドレコーディングを用いた立体音響サウンドインスタレーションを制作してきました。現代美術家である原千夏氏に提供した、長崎の潜伏キリシタンの遺物のリサーチを元にしたマルチメディア・インスタレーション『空想の大陸』シリーズ(2022年/2024年)や、千葉県流山市の森と都市が隣り合いせめぎ合う土地の姿を音を通して体感する『音場(OTOBA)~都心から一番近い森の記憶』(2023年)が主な例です。

原千夏《空想の大陸 —記憶の岩—》東京藝術大学大学院美術研究科 博士審査展2022(撮影:コムラマイ)
音楽:足立美緒、撮影・編集:ミラーレイチェル智恵、音響:高柳欽也

『音場(OTOBA)~都心から一番近い森の記憶』より《音の森 – 隣る・隔たる・交差する》
(以後断りがない場合は筆者撮影)
システムは8chキューブ+8chキューブ
音響:久保二朗(株式会社アコースティックフィールド)、高柳欽也
これらの作品を通し、立体音響のフィールドレコーディングは、物理的な音の情報だけでなく、その土地の「記憶」を記録し、体感することが可能なメディアだと感じてきました。そしてこれまでも阪神淡路大震災、東日本大震災、コロナ禍といった、災禍における人々の時間を超えた「記憶」やそれに対する「想像」に関心を持ってきた中で、2024年の能登半島の震災は縁のない土地ながら関心を持たずにはいられなかったところ、「のと部」の活動を知ることになりました。

「のと部春まつり2026」展示会場Studio 04の入り口に掲示された「のと部」を説明するタペストリー
「のと部」とは、2024年1月1日の能登半島地震と同年9月の奥能登豪雨を受け、一般社団法人NOOKと編集者の川村庸子氏が2024年10月に始めた「東京から能登を応援する」出入り自由のコミュニティーです。毎月1回、東京都江東区大島四丁目団地にある「Studio 04」に集まり、そこで出会った人が能登にボランティアに行ったり、現地で対話の場を作ったり、または東京でグッズやZINE(自主制作の小冊子)を制作したり、SNSで様々な情報を発信したりなど、様々な形で能登と関わっています。私はここで、2025年よりポッドキャスト「能登とつながるラジオ のとと」の制作に携わっています。
「のと部春まつり2026」で展示を行った『音の記録、音の記憶 – フィールドレコーディング展示』は、このポッドキャストの企画に基づいています。「のと部」の多くの部員が代わる代わる能登を訪れますが、その部員たちに現地でフィールドレコーディングをしてもらう企画を立てました。番組ではその音源を聴きながら場所の背景や録音者自身の体験について語り合います。録音者はフィールドレコーディング初心者も多く、マニュアル作成や使い方のサポートは行いますが、基本的な要望はシンプルなものです。それは「良いな」と思う音を録音してもらうこと。
能登は集落ごとに祭が盛んであることが有名で、祭のようなその土地の象徴的な音(サウンドスケープでは「サウンドマーク」と呼ばれます)を記録するのも良いのですが、私は日常の何でもない音にこそ、その土地の手触りやその日の体感が記録されるのではないかと考えており、様々な音を録音してもらえるようにお願いしました。提供したレコーダー「ZOOM H3-VR」は、アンビソニックスの形式での録音で360°球体の音場の収録が可能で、能登の風景の魅力を感じられる、あたかもその場にいるような素晴らしい音源がたくさん集まっています。
部員に録音をしてもらう企画を立てたのは、「のと部」には多数の、様々なバックグラウンドを持った人が集まり能登を訪れることに、私一人で録音から発表を完結させるよりも多くの可能性を感じたのが一番の理由です。様々な場所、状況、そして視点からの録音がなされる可能性、そして録音者自身が音を記録することを通してその場所や自分自身の体験に新たな発見をすることの可能性です。それは「能登とつながるラジオ のとと」でも実際に語られ、大きな手応えを感じました。
録音第1弾となったのは、2025年7月の「飯田町燈籠山祭り(いいだまちとろやままつり)」です。飯田町燈籠山祭りは珠洲市飯田町で毎年7月20日・21日に行われる祭で、「やっさーやっさー」の掛け声とともに町会ごとに巨大な山車(やま)を曳き回します。この祭は、普段は他の地域に住んでいる地元出身の方も戻ってくるような、特別な時間だそうです。「のと部」録音チームには7月20日一日の昼から夜にかけてたくさんの録音をしていただきましたが、通りすぎる山車が入れ替わる様子、それぞれの掛け声やお囃子、広い道から住宅や店が並ぶ細い道それぞれを通る様子、音と録音者の距離、そして時間が経つにつれて盛り上がっていく熱気など様々な物事が記録されています。
次に、翌日7月21日に、同町飯田港にある「さいはてのキャバレー」跡で録音が行われました。「さいはてのキャバレー」とは、かつては珠洲と佐渡を結ぶフェリーの待合室でしたが、航路廃止後、日本画家・古澤洋子氏による大きなイルカが描かれた壁画をシンボルに、奥能登国際芸術祭2017を機に生まれ変わり、人々の憩いの場となっていた場所でした。しかし2024年1月の地震と津波で大きな被害を受け、解体が決まりました。2025年7月の時点では建物は残っており、「のと部」録音チームがその前で録音を行いました。無人の建物から何か音が聴こえるわけではないので、マクロな視点で聴けば波音が収録された音源なのですが、壊れた港のコンクリートの間に海水が入り込むことにより、波音が様々な方向から聴こえる状態になっており、そして遠くの蝉の声や車の音も聴こえ、その時その場所にいたことの記録になっています。[参考2]

2025年7月21日「さいはてのキャバレー」前の海でのフィールドレコーディングの様子
この日の録音者は伊藤明日奈さん(写真)と中村亮太さん(撮影:加藤陽介)
この「その時その場所にいたことの記録」の意味は、実はポッドキャスト収録後に実感することになりました。録音メンバーの一人が9月に同じ所を再び訪れた際には、すでに建物は解体されていました。この時の録音には季節が進んで秋の虫の声が加わり、コンクリートの間から波が立つ音が、より克明に記録されています。
私が初めて能登を訪れる機会となった2026年2月には、立ち入りが制限され、「さいはてのキャバレー」があった場所に近づくことが叶いませんでした。この時の録音では、波音は遠く隔てられ、時折とんびの声が聴こえ、そして夕方5時のチャイムが思いがけず鳴ったことも印象的でした。近くの複数のスピーカーが反響し、大音量で鳴り響いたことも一因ですが、震災の被害を未だ生々しく伝える空間に日常の音が差し挟まれたことは強烈な記憶となりました。

2026年2月21日の飯田港さいはてのキャバレー近く
写真右奥がかつて、さいはてのキャバレーがあった場所
2025年7月の「飯田町燈籠山祭り」と「さいはてのキャバレー」収録以降も、より広い地域にまたがって様々な音源を収録し、これらは「のと部春まつり2026」の展示音源となりました。例えば、私は先述の2026年2月の能登訪問にて、震災の被害を受けていながら石川県の被災地と比べて語られることが少ない富山県氷見市と高岡市、大規模火災で焼失した輪島市朝市通り周辺の地域や大きな海底隆起で港の機能が失われてしまった輪島市門前町の黒島漁港などにも立ち寄り、自ら録音をしてきました。収録されている音自体は、波音や鳥の声、人々の生活音など。もちろん震災で変化があった音もあるかもしれないし、工事の音なども聴こえる場所はあるけれど、被災の状況を伝えるというよりも、何気ない日常の音が中心です。
そんな中でも、輪島市朝市通り近くの宿の周辺に小さな野鳥が局所的に鳴いていたところがあり、おかみさんに聞いたところ、漁港が近く餌があるので、鳥も猫も集まってくるとのことでした。このような何気ない音にもその地域の背景があって、魅力もあるということが分かります。

輪島市門前町黒島漁港
(『音の記録、音の記憶 – フィールドレコーディング展示』映像より)
3. 「のと部春まつり2026」における展示
「のと部春まつり2026」の『音の記録、音の記憶 – フィールドレコーディング展示』の上映プログラムは下記のとおりです。今回が初めてのマルチチャンネルスピーカーの立体音響のシステムでの展示となりました。また音の背景をより感じていただくために、「のと部」の皆さんには写真や映像も提供してもらい、併せてモニターでの上映も行いました。
1、飯田町燈籠山祭り2025・前編
2、さいはてのキャバレー
3、正院町キリコ祭り・飯田町・見附海岸
4、飯田町燈籠山祭り2025・後編
5、七尾市中島町
6、富山県氷見市・高岡市雨晴海岸
7、珠洲市・輪島市
(全80分、一部アンビソニックス収録でない音源も含まれています)
録音:足立美緒、伊藤明日奈、加藤陽介、中村亮太、藤本遥香
写真・映像:石瀬康浩、小田真矢、加須屋久子、加藤陽介、佐竹真紀子、豊住裕也、中村亮太、野口友莉香、藤本遥香、向坊衣代、足立美緒
この展示のために、限られたリソースで、そして一人での運搬が可能なことを鑑みて、8chキューブシステムを構築しました。
- スピーカー:YAMAHA VXS1ML(8台)
- アンプ:FX Audio FX202A / FX-36A PRO(4台)
- インターフェース:Roland OCTA-CAPTURE
- ケーブル:CANARE 4S6 他
- 設営機材:折りたたみ式ライトスタンド、自由雲台、クランプ

『音の記録、音の記憶 – フィールドレコーディング展示』で使用の機材
手のひらサイズのスピーカーを中心に、最小限の機材に加え、折りたたみの軽量ライトスタンドが手に入ったことは今回のシステム実現の大きな一歩でした。各チャンネルの自由雲台と1/4インチネジを挟んでYAMAHA VXS1MLを固定しています。1/4インチネジでの固定はスピーカー自体の角度調整の機構を少々阻害するので、自由雲台の導入は必須でした。ケーブルはCANAREの4S6で、クオリティとしては満足ですが、移動を考えるともう少し軽いケーブルを選んでも良かったかもしれません。
展示空間の制約上、長時間の視聴には向かないことが予想されたにも関わらず、80分という長いプログラムを構成しました。それでも来場者にはじっくりと耳を傾けていただけたと思います。過去の展示でもこちらの予想を超える時間をかけて滞在いただけた経験もあり、上映する音源を限定的に選択したり、各音源をダイジェスト的に編集したりすることは避け、一本の完成された作品を聴いていただくというよりは、そこで風景に偶然立ち会うような体験を意図して構成しました。
印象的だったのは、特に鳥の声や車の走行音などの音がスピーカーからではなくその空間で鳴っていると思ったという声があったことでした。「展示」として見せるには工夫が必要な点ではありますが、スピーカーから音が再生されている状態ではなく、そこに存在する音場として再生音が聴かれることは、立体音響が目指す形です。実際、その音源の再生が終わると、それがスピーカーから鳴っていた音と分かり、驚いたとのことでした。
もうひとつ印象的だった出来事として、8chキューブ展示とは別に、飲食を提供する屋台でも飯田町燈籠山祭りの音源をHPL音源[参考3]で流していたところ、能登出身の方がたまたま通りがかり、音源を聴けたことが嬉しいとスタッフに伝えられたとのことでした。これも過去の展示でも同様の声が聞かれたのですが、展示をすることで自分の土地の音が、聴かれる対象としての価値があることを感じていただけたと言えると思います。もしかしたら写真や映像よりも音という媒体だからこそ、よりその価値を感じるのかもしれません。
4. 最後に/記憶を記録・共有するメディアとしての立体音響
記憶や想像をテーマに制作してきた者として、メディアテクノロジーに私はこれまで必ずしも積極的に関わってきたわけではありません。しかし、立体音響はそこにある音に没入して体感するような聴体験を提供することで、歴史や、あるいは大きな歴史にも描かれにくいような人々の営みなどの題材を、身体的な感覚をもって伝えることができると考えています。「のと部」では、ポッドキャストに限らず様々な領域で人々の生活や個人的な体験の手触りを記録し、伝える活動が行われています。立体音響フィールドレコーディングという記憶を記録・共有できるメディアを今回選択したことは自然なことだったと感じています。
少し余談になりますが、今回の展示の準備では、音や写真、映像を単に並べるのではなく、その音風景の中に没入して録音者の足跡と同化し、記憶を追体験するような感覚がありました。もちろん音だけで全てを伝えられると言いたいのではありません。実際に私も2026年2月に初めて能登を訪れたことで、これまで収録された能登の音源を聴く解像度が大きく変わりました。
その背景を知っているかどうかは音の聴き方の一つの要因になると思います。しかしその場を知らなくてもリスナーがそれぞれ持つ記憶と結びつけて音を聴くことで、土地への想像が働くような聴き方も可能になります。この展示が能登での体験あるいは記憶を、来場者に手渡す展示であったなら何よりです。
そして、そのためには多くの人に開かれた場に立体音響を持ち込むことが重要であり、身軽に持ち運びができることは、オーディオが様々な分野と出会うための豊かな可能性に繋がるかもしれないと、今回の展示を通して感じました。
参考
- 1) ACOUSTIC FIELD blog「聴いて良し 作って良し 8ch Cubeの立体音響」
https://acousticfield.blogspot.com/2023/02/15-02.html ↑ - 2) ポッドキャスト「能登とつながるラジオ のとと」
第10回「音の記録、音の記憶 〜飯田町燈籠山祭り〜(前編)」
Spotify: https://open.spotify.com/episode/2rfJq7uv27KM6i5s2AYnel?si=195ec3840b1c45ae
YouTube: https://youtu.be/DRkRnYdMnsk?si=XQvAXxbmW4A8T8GX
第11回「音の記録、音の記憶 〜飯田町燈籠山祭り〜(後編・さいはてのキャバレーの前で)」
Spotify: https://open.spotify.com/episode/1CclUQEZ73MQL9MQzTWqZi?si=eade9aab64684272
YouTube: https://youtu.be/k76cz_nDfyE?si=Djw9NQqNGAZQs6mN ↑ - 3) JASジャーナル2021年秋号 今すぐに楽しめるバイノーラル音楽作品と高音質バイノーラル技術「HPL」
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執筆者プロフィール

- 足立美緒(Mio Adachi)
作曲家・サウンドデザイナー。1993年生まれ。東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科首席卒業、同大学院修士課程修了。短編アニメーション、CM、ゲーム、ダンス作品などの音楽を制作する一方、立体音響のサウンドインスタレーションや日本伝統楽器のための作品も数多く手がける。近作に「ディオール バンブー パビリオン」内音楽制作(犬養奏、Marty Hicksと共同名義)や、ヤマハミュージック 横浜みなとみらい「Music Canvas Show《胡蝶の夢》~生命の森~」環境音制作等。2023年『想像、そしてダンス』リリース。雅楽・邦楽・作曲グループ「音・音(おんおん)」主宰。WEB: https://mio-adachi.com

