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JASジャーナル目次
2026spring
Tecnologia e cuoreのスピーカーに
かける思い
Tecnologia e cuore合同会社 代表 佐藤岳

1. はじめに
三菱電機株式会社を定年退職後、同社が保有するNCV-R*振動板の特許使用許諾に関する覚書を締結し、小規模ながら理想のサウンドを求めてオーディオメーカーを起業いたしました。素材科学・音響工学・製造技術の三領域を横断しながらDIATONEで卓越した実績を築かれた原宏造氏と二人三脚でエンクロージャーの試作を幾度も重ね、スピーカーユニットの磁気回路やネットワーク回路の設計・開発に取り組んでまいりました。私たちは、スピーカーづくりを単なる技術開発と考えてはいません。磁気回路をはじめとする工学の確かな技術を土台としながらも、同時に音楽という芸術を響かせる感性を“ものづくりの精神”として大切にしています。その思いから「心から音楽を愛する人のためのスピーカー」という理念を掲げて立ち上げたブランドです。
※ 三菱電機モビリティ株式会社との振動板使用許諾契約を締結済み。
※ DIATONE、NCV-Rは三菱電機モビリティ株式会社の登録商標です。
2. 開発思想
イタリア語で「技術(Tecnologia)と心(Cuore)」。機械工学・電気工学という“技術”を基盤にしつつ、音楽を聴く“感性”を大切にしたい。Tecnologia e Cuore(テクノロジア イ クオーレ)というブランド名/社名には、そんな思いが込められています。
測定値の優秀さだけでは音楽の“実在感”は生まれない。一方で、感性だけに頼った設計では再現性と普遍性が担保できません。Tecnologia e Cuoreの開発では、最高の素材を追求し、その構造をひとつひとつ磨き上げることで、単なるスピーカーを超えた“音楽のパートナー”となり、振動から生まれる空気の響きを丁寧に設計し、一音一音に音楽の心と魂を宿らせます。技術と感性の融合を信条とし、理想の振動板から、音楽の“感動”を解き放つことを目指しています。
本稿では、当社スピーカー「DS-TC52B」「DS-TC62B」に採用している素材・回路・構造・工程の技術体系について解説します。
3. 振動板の素材技術:振動板の技術的優位性
振動板素材の歴史を振り返ると、紙から始まり、金属・複合素材へと進化を遂げてきました。しかし、振幅の大きい低域までをひとつの素材でカバーするという条件は、多くの素材にとって突破できない壁でした。それがカーボンナノチューブを応用した独自素材「NCV」*1では、金属素材(アルミ・チタン等)を凌ぐ音の伝搬速度を実現し、ウーファー領域までも一体化した設計が可能になり、きわめて伝搬速度が早く、分割振動を抑えることで、音楽が持つ本来の実在感や空間に漂う余韻までをも捉える事ができるようになりました。そして、その性能を高めた「NCV-R」*2。理想の響きを追い求め、数値だけでは語れない“音の本質”をかたちにした技術の結晶です。
「伝搬速度」とは物質の中を伝わる音や振動の速さのこと。スピーカー振動板の場合、伝搬速度が速ければ速いほど、振動発生源であるボイスコイル接続部から振動板外周への音振動到達のタイムラグが少なくなります。その結果、振動板全体が正確に空気を駆動し、音を忠実に再現することが可能に。NCV-Rは、チタンを超える高い伝搬速度と、紙と同等の内部損失を両立させることで、まるでアーティストが目の前で演奏しているかのような“実在感”と“リアルな音像描写”を実現しました。
トゥイーターとウーファー双方のNCV-R振動板に、樹脂との親和性を向上させるために分散性を高める処理を施した「CSCNT(カップ積層型カーボンナノチューブ)」を配合しています。CSCNTは、従来のMWCNT(多層型カーボンナノチューブ)を凌駕する高密度構造と引張弾性率を備えており、素材本来の剛性とレスポンスを一段と高めることに成功しました。さらに、CSCNTとカーボンファイバー及び樹脂との配合比を精密に検討し、構造共振を抑え込むことで素材が持つ潜在性能を最大限に引き出しました。その結果、6300m/sという極めて高速な伝搬速度と、ハイエンド再生に不可欠な適度な内部損失を高次元で両立しています。図1にほかの素材との比較したグラフを掲載します。
*1 ナノ・カーボナイズド・ハイベロシティ
*2 カップ積層型カーボンナノチューブ「CSCNT」の研究開発製造を行っている株式会社GSIクレオスと、三菱電機先端技術研究所の共同開発
| 特性項目 | 紙パルプ | アルミ | チタン | NCV-R |
|---|---|---|---|---|
| 伝搬速度 | 1500 – 2000m/s | 5000m/s | 5000m/s | 6300m/s |
| 内部損失 | 高 | 低 | 低 | 紙と同等 |
| 音色の自然さ | 自然で癖が少ない | やや硬質 | 硬質 | 自然で癖が少ない |
| 高域限界 | 中 | 高 | 高 | 高 |
| 過渡応答 | 中 | 高 | 高 | 高 |
NCV-Rは、金属系素材の長所(高速伝搬)と紙素材の長所(高内部損失)を併せ持つ、現時点で最もバランスの取れた振動板素材であることがわかります。トゥイーターとウーファーにNCV-Rという同一素材を使うことで、低音の振幅も十分確保しつつ、80kHzという高音までカバーできました。トゥイーターとウーファーで異種素材を使った時のような高音と低音で異なる特徴を持たずに、ワイドレンジ再生を達成しました。
4. 磁気回路:高速素材を活かす駆動系設計
同一体積であればフェライト磁石よりもネオジム磁石がより強い磁力を持つことは良く知られており、通常の設計よりも高磁束密度、かつ耐熱性および耐減磁性を求めて、磁気回路にはトゥイーターとウーファーの両方にネオジム磁石を採用しています。磁気回路解析を行って磁気回路の最適化を行っており、特に磁気ギャップ付近を通常よりも高い磁束密度を達成しています。高い磁束密度によって、音声信号がボイスコイルを流れることによって発生する交流磁束が引き起こす磁気ギャップ付近のヒステリシス歪を低減して、大幅な高音質化を図っています。
高磁束密度を達成するため、DS-TC52B、DS-TC62Bの両方ともにネオジムのダブルマグネット構成にしています。また、振動板が動く時の基準点が磁気回路であるため、ボイスコイルが振動板を動かそうとするときに磁気回路を蹴って動こうとする反作用をしっかりと受け止めるため、磁気回路の重量も重くする必要があります。ネオジムをダブルで使うことも重量増に寄与しています。またワンサイズ大型のTC-62Bでは磁気回路をダイキャスト部品でしっかりと固定する構造にして、高剛性、重量増によって振動の起点を明確化しています。

図3a DS-TC52Bの磁気回路(ウーファー)
図3 DS-TC52Bの磁気回路(トゥイーター)
図4 DS-TC62Bの磁気回路の断面
図5a DS-TC62Bの磁気回路
図5b DS-TC62Bの磁気回路
さらに、通常はリング状の構造のプレートの一部を切断して、交流磁界によって渦電流がプレートを巡回する経路を断ち、聴感上のS/N比を向上しています。
トゥイーターの磁気ギャップにはf0(最低共振周波数)付近でのインピーダンス上昇を抑えて周波数特性を平坦化および耐入力をアップさせるため、磁性流体を使用しています。飽和磁化が高く、粘度が低く、応答性に優れたものを選定しました。
5. ネットワーク回路
ウーファーのハイカット回路には、大型カットコアのコイルを採用しています。一般に空芯コイルが高性能と言われていますが、同一インダクタンスを得ようとすると銅線が長くなり直流抵抗(DCR)が高くなり、音質に影響があると考えています。カットコアを使うことによって銅線を短くしてDCRを低くできて、アンプによる振動板の動きの制動力向上も期待できます。さらにコア材には一般的に使われる珪素鋼板でなく、高性能アモルファスコアを特注開発して低歪化しており、ワニス含侵+熱処理を施すことで微細な振動も抑制して、音質劣化を防いでいます。
一方、トゥイーター側には、真空含侵処理を施した空芯コイルを使用しています。スピーカー用ネットワークにおいて、一般的には400V以下の耐圧コンデンサーが使われることが多いなかで、今回は800 or 1000V(62Bのみ)の高耐圧コンデンサーを採用しています。高耐圧になると内部の絶縁膜が厚くなり、誘電吸収の低減や低ESR化を図り、機械振動抑制によって、音の立ち上がりの鋭さに加えて、立下りの余韻と透明感が明らかに増し、よりクリアで細やかな音像を実現します。スピーカーユニットからネットワークまでの配線材には、英国CHORD社のSarsenを採用しています。また、ネットワーク回路内の素子間配線には、Acoustic Revive社のTriple C単線を搭載。これにより音抜けの良さを追求しています。さらに今回はトゥイーターとウーファーが同一素材で音色と能率をそろえているため、能率調整のためのアッテネーターを排除しています。そのため信号経路に直列に挿入する抵抗がなくシンプルな構成になっており、音の純度が高くなっています。
6. エンクロージャー:国内専門メーカーによる高精度製造
13cmと16cmそれぞれのウーファーに最適化されたエンクロージャーは、豊かな低域と自然な音場を両立するために、バスレフ方式と精緻な内部設計を採用しています。フロントバッフルは「サーフェイスカット」した特徴的な形状で、音の回折による影響を排し、指向性の改善と音場感の向上を図っています。定在波対策やポートの最適チューニングは、シミュレーションだけでなく数種類の試作を重ねて寸法を決定しています。ポートの内壁面の空気の流れを制御する独自の手法を用いるなどして、自然で豊かな低音を再現しています。
バッフル板は最も音質を決定する要素であることから、30mm厚のロシアンバーチを採用しました。木目が詰まって硬質で、適度な粘りも併せ持ち、制振力が高く、スピーカーユニットを強固に保持することで、豊かな音の響きを実現しています。吸音材も適切な材料を適切な量で最適な位置に配置することが重要で、経験値に左右される部分です。材料入手して試聴を満足いくまで繰り返す手法をとりました。最終的には、天然素材の絹や、美術品修復で用いられる和紙を使用した特殊な吸音処理など、数種類の手法を独自に組み合わせて用いています。
7. 品質保証・組立工程
当社は小規模メーカーですが「定格入力試験」、「最大出力試験」、「梱包落下試験」、「ライフ(寿命)試験」のような信頼性試験を行い、安心してご使用いただける設計品質を確保しています。国内生産にこだわり、国内専門メーカーにてユニットの組み立て・ネットワーク製作・エージング・梱包・出荷までを行っていますが、すべての工程を設計者自らが一貫して管理しています。
8. さいごに
Tecnologia e Cuoreのスピーカーは、ユニットの磁気回路、ネットワーク、エンクロージャー設計に至るまでを自社で設計し、国内の協力工場と共にユニット組立→スピーカーシステム組立→エージング→出荷検査まで一貫して作り上げる純国産スピーカーです。まさに“音の工房”とも呼ぶべき工程を経て、音楽を真に愛する方へ向けて一本一本丁寧にお届けします。素材・回路・構造・工程などの技術だけで作りこむのではなく、振動から生まれる空気の響きを丁寧に設計し、その一音一音に音楽の心を宿らせる。そのような情熱をもってスピーカーを製作しています。
私は今後も、技術と心の両立という理念のもと、音楽を愛する人々に寄り添うスピーカーを作り続けたいと思います。










