- JASホーム
- JASジャーナル
- JASジャーナル2026年春号
- 個人会員に聞く! 第13回 村山貞雄氏
JASジャーナル目次
2026spring
個人会員に聞く!
第13回 村山貞雄氏
インタビュアー 末永信一
(日本オーディオ協会 専務理事)

はじめに
オーディオ・ビジュアル評論家であり、またUAレコードの代表でありました潮晴男さんが2/13に亡くなられました。3/17に開かれましたお別れの会では、UAレコードからレコードも出されております小川理子会長からビデオメッセージで、先生のご指導でどれだけ業界が前進したことかと、感謝の気持ちとともに追悼の意が述べられました。私・末永は、公私ともに長らくお世話になったものですから、未だに亡くなられたことが信じられず、また電話が掛かってくるのではないかという錯覚が続いています。
今回の個人会員に聞く!は、私と同じように潮さんとの繋がりが強かった村山貞雄さんにインタビューを行いました。村山貞雄さんのオーディオエピソードを聞き出すだけでなく、潮さんとの思い出を語り合いました。2026年4月4日に村山さんがお勤めの東京・目黒のホーム商会で開催されましたUAレコードの超高音質45回転2枚組LP『ボヌール』(情家みえ)の発売記念イベントに参加させていただき、後日、ホーム商会にてインタビューをさせていただきました。
本来ならUAレコードの代表として、潮さんがこの場のご挨拶に立たれて、その完成をお知らせすることをなによりも楽しみにされていたことかと思います。こちらのイベントには、熱心なオーディオファンがいち早くその高音質を体験しようと、たくさん駆け付けていらっしゃいました。当日は、新たに代表となられました麻倉怜士さんと、アーティストの情家みえさんとで、収録されている曲の制作秘話や潮さんがこだわった点なども紹介され、和やかにまた楽しいイベントとなっていました。
末永)先日はイベントの開催、お疲れ様でした。
村山)ご来場、ありがとうございました。潮さんも末永さんが来てくださって、喜んでおられたと思いますよ。
末永)ありがとうございます。私が村山さんと知り合ったきっかけも、潮さんがご縁だったと思うんですよね。
村山)そう、末永さんは最初のうちは、潮さんが連れてくる人ってイメージでした。
末永)いやいや、村山さんこそ、潮さんがいつも連れてくる人ってイメージで(笑)
村山)まあ、お互いに知り合ってから、だいぶ経ちますね。
末永)お顔は存じていても、話をするようになったのは、多分、潮さんの還暦祝いの時だったと思います。目の前に座られていて。
村山)ありましたね。用賀の焼鳥屋さんだ。
村山)はい。潮さんのお歳から考えても、もう15年くらい前だと思います。
村山)てっきり、クリティクスライブ*で出会ったものと思っていました。
村山)あ、そうかな?私も常連になっちゃいましたからね。
*潮晴男さん、麻倉怜士さんなど、AV評論家で構成されたバンドのライブ
村山)クリティクスライブには、何年前くらいから参加していますか?
末永)何年か覚えてないんですが、家に第15回と第20回の記念イベントのTシャツがあります。
村山)じゃあ、かなりベテランですね。売ったなぁ~Tシャツ。
末永)村山さんは、いつもスタッフとして受付などを担当されている印象が強くて、きっと最初から参加されているんですよね?
村山)そんなことないですよ(笑)、2000年代じゃないですか。
末永)村山さんがドラムを担当された時がありましたよね。
村山)はい、トラで参加したんです。
末永)トラってなんですか?
村山)ああ、いつものドラマーが参加できないということで、急遽出てくれないかって話がありましてね。そういう助っ人で参加することをトラって言うんです。
末永)(スマホで検索して)へえ、エキストラを略してトラっていう用語があるんですね。
村山)はい、あの時に参加させてもらったのは、いい思い出です。
末永)背景から見て、八重洲の会場の時ですね。
村山)2015年の写真です。
末永)ドラム歴は長いんですか?
村山)高校1年の時に、1級上の先輩が文化祭でドラムを叩いているのを見て、カッコいいなぁと思いまして、それからですね。学業そっちのけでバンドに熱中していました。
末永)叩いていらっしゃる姿を拝見したことありますが、プロ級ですよね。
村山)プロを目指してました。ボーヤもやってたんです。
末永)ごめんなさい、ボーヤってなんですか??今日は知らない単語が次々出てきて、すごいなぁ(笑)
村山)ミュージシャンに付き添って、楽器の運搬や調整をする人を言うのですが、昔はそうやって気に入られて、ライブハウスとかで使ってもらうチャンスをうかがっていたものなのです。
末永)へぇ、そうでしたか。今日はすごい人にインタビューできて、これまた嬉しいです。
オーディオとの出会い
末永)なかなかの急ピッチで濃い話になっているので、ちょっと軽いお話から。オーディオとの出会いってあたりから話をお聞きしたいのですが。
村山)親があまりオーディオに興味を持っていなかったのですが、高校生の時にシステムコンポとカセットデッキを入手してから夢中になりました。Hi-Fiに興味があったというよりも、高校生・大学生の頃は、レコードをカセットにダビングしておいて何度も聴き返して、プロの演奏をコピーするという使い方が多かったです。あ、自分たちの演奏を録音して、今の演奏どうだったか?という使い方も。
末永)なるほど。自分たちの演奏をレコード会社に持ち込んだりしなかったんですか?
村山)はい、やりましたね。あと、ライブハウスに出るのも、オーディションとしてテープを送ったりするんです。
末永)そうでしたか、さすがですね!
村山)ちょっと思い出しましたが、初代のウォークマンを持っていました。
末永)初代!うらやましいですなぁ。
村山)捨ててはいないはずだから、探したら出てくると思います。
末永)じゃ、本格的にオーディオに関わったのは、社会人になってからですか?
村山)そうですね。最初は卸の会社に就職したんです。
末永)どんな製品を扱っていたんですか?
村山)多岐にわたってオーディオ製品を扱っていました。当時はまだカートリッジの扱い量が大きかったですね。
末永)ほおほお。まだまだレコードがメジャーな時代ですものね。
村山)第一家電って、覚えていますか?取引先のひとつだったんですが。
末永)はい、秋葉原の第一家電で、いろいろ買っていましたよ。
村山)「DAC」という第一家電のオーディオ専門店があって、そこで「マニアを追い越せ!大作戦」というシリーズのレコードが制作されて、カートリッジ買ってくれたら安く手に入るというキャンペーンをやっていたんですよ。
末永)えーー、なんですか?!その「マニアを追い越せ!大作戦」って。
村山)当時勤めていた会社と東芝EMIが企画して、このためにいい音源のリカッティングをしていたんですね。なんとも贅沢でしょ!当時としては珍しい45回転LPとかも作られていましてね。
末永)全然知らない(笑)
村山)いっぱい良いのが出てたんで、今でも中古レコード市場ではマニアが狙っています。
末永)でしょうね。今度探してみよう。
村山)若い時にその仕事に関わらせてもらったおかげで、レコードの制作とかに詳しくなったんです。もちろん、いい音で再生する方も。
末永)なるほど、その辺に村山さんのルーツがあるわけですか!記憶に残っているアルバムとかあります??
村山)評価が高かったのはベルリオーズの幻想交響曲やホルストの惑星じゃなかったかな。すごくいい音なわけ。
末永)そうですか、これはなかなかのマニアックなお話が聞けました。今日は初耳が多いなぁ。それにしても、マニアを追い越せ!ってコピーがまたスゴ過ぎる。
潮さんとの出会い
末永)キャリアスタートは分かりましたが、潮さんとの出会いというのは、いつ頃になるんですか?
村山)2000年に輸入商社に転職して、主にはスタジオモニターの営業・企画を担当していたんですが、ノルウェーのDLP方式のプロジェクターも取り扱っていたんです。その商社の社長がステレオサウンドの今の社長と仲が良くてね。そういうこともあって、セミナー講師として潮さんにお願いしたあたりがきっかけですね。
末永)2000年だと、DVDの市場が軌道に乗り始めた頃で、プロジェクターも盛り上がってきていましたね。
村山)はい、なかなか群雄割拠でした。
末永)最初、潮さんはどんな印象でしたか?
村山)いろいろご指導頂きましたね。社屋にいちおう試聴室があったんですが、部屋の作り方とかも教えてもらったし、ダメなところはダメってがっつり言われるんですが、次につながるように話してくれましたからね。
末永)話が終わったら、じゃあ酒飲みに行こうと誘われるパターンでしょ(笑)
村山)酒のつながりは大きいです。いろんな思い出があるなぁ(笑)
末永)よく飲み会の場で一緒になりましたものね。
村山)ですねぇ。
末永)まあ、人を引きつける力が素晴らしかったですね。
村山)しゃべりがうまかったですよ。
末永)私が潮さんとの出会ったのも、確か2001年なので、同じくらいの時期ですね。Blu-rayの試作機を初めてお披露目することになって、技術系を代表して評論家の先生方にフォーマットの説明やら商品についてお伝えする役だったんです。
村山)どんな印象でした?
末永)評論家の先生方の前でプレゼンすることがそもそも初めてだったので、何を言われるのかドキドキしながらやっていましたが、いの一番が潮さんだったのです。すごく紳士で、あぁ、そおお!と熱心に話を聞いてもらったから、お陰で、自信が持てましたね。
村山)基本的に紳士でしたからね。
末永)そう、だんだん口が悪くなっていくんだけど(笑)
村山)ただ、間違ったことはおっしゃらないですから。
末永)画質を確認するために、映画のワンシーンを観たりされるのですが、こっちはこの映像で何を言われるんだろうかと真剣に見てるんだけど、何度かご一緒していると、この先どうなるんだろうかと気になるシーンで、上手に再生を停止するわけです。
村山)はい、そういうの、よく見てました。
末永)ある時、これはわざとかな?と思って、聞いたんです。
村山)聞いたんですか。なんて言われました?
末永)そうだと。特に専門店でセミナーを行う時は、そうやって印象付けるようにやっていると言われましてね。ある意味、感動ですよ!かっこいい~~!
村山)ほんと、話が上手でしたから。
末永)いきなりハード(商品)を買って帰る人間は滅多にいないんだけど、あの続きが気になるっていうことで、ソフト(ディスク)を買って帰って家で見ると、あの時の感動が家では得られない…となって、やっぱりあのハードがスゴイのかな?と気になるんだよ、と。
村山)なるほど、そんなこと、おっしゃいましたか。
末永)だから私も真似したというか、一所懸命、練習しました(笑)
村山)末永さんらしい(笑)
末永)まあ、評論家の先生方がどういうところに興味があるのかとかどう感じているのかを知るために、片っ端から雑誌に目を通していましたね。今みたいなネットの時代じゃなかったもので。
村山)確かに、よく雑誌を買って読んでましたね。
末永)あんまり仕事と関係ないんだけど、HiVi誌の「潮晴男のAVルーム・クリーニング大作戦」(読者のAVルームを訪問して、ちょっとした工夫を凝らして音を良くしてくるという連載記事)を読むのが楽しみでした。
村山)長いこと、やってましたね。
末永)潮さんのニコタマ(二子玉川)の試聴室が完成する前に、どうやって部屋を作っているのか見せてあげると、何度かお邪魔させていただいたことがあるんですが、その時の説明が、おおお!リアル・クリーニング大作戦だ!!と感激しました。
村山)ニコタマのお部屋にもよく行きました。さすがに音が良かったなぁ。
末永)他に「美しき匠たち」って連載も、潮さんらしいなぁと。ちょっと懐かしい。

ニコタマシアター(写真提供:Stereo Sound ONLINE)
村山)2007年にポーカロ・ラインという会社を立ち上げました。ジェフ・ポーカロというTOTOのドラマーが好きで、会社の名前にポーカロというのを入れさせてもらいました。
末永)TOTO、人気がありましたよね。
村山)いろいろ取り扱いましたが、PCオーディオのUSB-DACなんかも扱っていましたね。
末永)そうそう、村山さんと出会った頃、PCオーディオのUSB-DACのデモをされているのを見に行ったことがあるんですよ。
村山)どこで?
末永)多分、秋葉原。当時まだね、海外製のUSB-DACが主流で、PCオーディオ自体が世の中で話題にもなってなかったくらいだし、手が出しにくいから、何がいいかな?と興味を持っていたら、村山さんのデモの追っかけみたいになっていました(笑)
村山)そうでしたか。ハイレゾもまだ知る人ぞ知るくらいでしたかね。
末永)そう、それで先ほど言っていた潮さんの還暦祝いで、あ、村山さんだ!って感じで話し掛けたんです。
村山)へえ、嬉しいなぁ、そんな時代の話ができるなんて。
末永)まだ仕事としてオーディオをやっていたわけではなくて、まったくの趣味で。その後ハイレゾのブームが来て、すごいスピードで世の中が変わりましたね。
村山)そうでしたね。
末永)だんだん、古いことを思い出してきました(笑)
村山)実は今の会社にお世話になるきっかけも潮先生のおかげなんです。
末永)じゃあ、潮さんにはほんと頭が上がらないですね。
村山)そう、本当に面倒見がよくて、今の自分あるのも潮さんのお陰です。大恩人です。
末永)私も潮さんにはほんと良くしていただいたし、新たな人生を切り開いていただきましたよ。
村山)きっと、末永さんもですよね。
末永)ある時、製品の検討をしていたら、ちょっと面白い発見があって、それを伝えたら、そうかなるほど!と喜んでいただいて。高いところに登ってみないと、もっと高いところは見えないんだから、頑張れ!と。すごく応援していただいているのを感じました。
村山)なるほどね。
末永)また頑張ろう!って気持ちになりましたよね。
村山)そうやって、人を育てるのも上手だったんだろうなぁ。
末永)そうかと思えば、ある時、お前さんのプレゼンは下手だなぁ!と言われたことがありまして。
村山)え、末永さんに?
末永)まるで、日本酒は甘いか辛いかしかないかのような説明だ!と。
村山)あ、言いそうだ。
末永)下戸なので、日本酒を飲まないんですよーと言ったら、そんなだからダメなんだよ!ってことで、地酒屋さんに連れていかれて、一口ずつでいいから利き酒して、これらの味の違いを言葉にせよ、と。
村山)なるほど。
末永)確かに、どれもこれも違った美味しさがあって、いやーうまいうまいと言ってたら、さっきからうまいしか言ってないじゃないか!と叱られちゃいまして(笑)
村山)そんなことがありましたか。
末永)でもそれ以来、言葉の表現に対してかなり気を遣うようになりましたし、少しですが美味しい日本酒を嗜むようになって、大人になった気分を味わえるようになったのも、素晴らしい恩人ですよ。人生において、大切な心の豊かさを教えていただいたといいましょうか。
村山)本当にそうですね。
末永)改めてお聞きしますね。村山さんにとって、潮さんのどこがリスペクトしていたところですか?
村山)オーディオのみならず、音楽についても評論できる方だったから、UAレコードも作られたり、本当に素晴らしい方だったと思います。
個人会員になるきっかけ
末永)私の高校の同級生が自由が丘あたりに住んでいて、彼がこの辺をぶらついていた時に「ホーム商会」が気になって、ふらっと入ってみたそうで、その時に、接客していただいたのが村山さんらしいのですが。
村山)ええ、ロックのレコードをたくさん持っているとおっしゃっていて、話が盛り上がったのを覚えています。時々古いレコードを持ってきて、ここでしばらく聴いていかれますよ。
末永)そんな、迷惑なねぇ。
村山)いいんですよ、そういう音楽を愛する人が店に寄ってくれるって。
末永)面白い男なんですけどね。高校時代の記憶はないのですが(笑)
村山)突然、オーディオ協会の末永さんを知ってますか??と聞かれて、はい、お世話になっていますと答えたあたりから、また話が盛り上がりましてね。
末永)私のほうにもLINEが来まして、今度村山さんを誘って飲みに行こうと。
村山)行きましたね!
末永)なんでいきなりオーディオ協会なんて話題にしたの?と聞いたら、こんな老舗のオーディオ専門店だから、末永のことも知っているのかな?と思ったとか、そんなこと言ってました。
村山)そうですか、お友達だと聞いて嬉しかったんですよ。
末永)すみません。でも、村山さんが最近はホーム商会にいらっしゃるのは聞いていましたが、コロナ禍以降ご無沙汰だったから、久しぶりにお会いできで、嬉しかったですよ。
村山)ええ、それで末永さんの近況を聞いているうちに、オーディオ協会に関わりたいなぁと思って、個人会員になるお話をさせてもらいました。
末永)ありがとうございます。販売の現場の最先端にいらっしゃる方の声を聞けるのはいいなぁと思っています。
村山)こちらこそ。
末永)専門店さんで試聴会とかやらせてもらいたいなぁとか、いろいろ相談もしたいので、ぜひよろしくお願いします。
村山)はい、しっかり盛り上げていきましょう。
末永)今日は、ありがとうございました。
村山)ありがとうございました。
最後に
村山さんとのお付き合いも長いのに、あまり深く話したことがなかったので、驚かされる話がいっぱいで、楽しいインタビューになりました。今回は潮晴男さんの思い出ということでお互いにたくさん話があったのですが、誌面の都合、この辺にしておきました。
潮さんも以前はオーディオ協会の個人会員だったと、ご本人から伺ったことがあります。会費を払い忘れて破門になったんだろうなぁと笑っておられたので、もう一度個人会員になりませんか?とお誘いしたのですが、また払い忘れるから…と笑って誤魔化されました。もっといろいろなお話がしたかったです。この場を借りて、謹んでご冥福をお祈りします。
JASジャーナル2023年冬号に、潮さんが書かれたUAレコードの記事がございます。しっかりとその設立の主旨が述べられていますので、是非ご覧ください。
アナログ・ルネッサンス
https://www.jas-audio.or.jp/journal_contents/journal202302_post18049
個人会員プロフィール

- 村山貞雄(むらやま さだお)
1959年、東京都江戸川区小岩生まれ。大学卒業後、オーディオ関連商社、輸入商社勤務を経て、現在は東京都目黒区学芸大学にある老舗専門店・ホーム商会に勤務する。音楽が大好き、お酒が大好き、TOTOのドラマー、ジェフ・ポーカロを心から愛するキャリア半世紀のドラマーでもある。
筆者プロフィール

- 末永信一(すえなが しんいち)
1960年、福岡市生まれ
2019年、ソニー株式会社退社
2020年6月より、日本オーディオ協会専務理事に就任









