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2026winter
大阪・関西万博パビリオンの音響を考える
株式会社アコースティックフィールド 代表取締役 久保二朗

はじめに
皆さんはEXPO 2025 大阪・関西万博へは行かれましたでしょうか?「音やオーディオの話題が掲載されるJASジャーナルに万博?」と思われるかもしれませんが、万博においても音による演出は絶対に欠かせないものであり、この資産は後世に資料として残すべきものであると考えています。
私は主に立体音響を扱うサウンドエンジニアの株式会社アコースティックフィールドの久保です。企業の研究開発に使用する立体音響システムの構築から音楽ライブのサラウンド化(最近の言い方で言うならイマーシブ化)、制作や配信など様々な立体音響の仕事を請け負っています。最近はコンサルティングも行っています。こちらのホームページから、私の活動を知っていただければ幸いです。
JASジャーナルを読まれる方は主にオーディオ界隈の方々かと思いますので、「立体音響」と聞くとDolby Atmosや360 Reality Audioと言った制作フォーマットや、映画、ホームシアター、空間オーディオのサブスク配信などをイメージされるかもしれません。しかし、それらは音の仕事全体からするとほんの一部であり、私が扱う立体音響とは少し異なります。舞台、インスタレーション、展示会、展覧会、ゲーム、アトラクションなどなど、フォーマットを必要とせず自由に立体音場を生成する空間音響が立体音響であり、私はどちらかと言うと後者に関わることが多いサウンドエンジニアになります。
誤解の無いように初めにお伝えしておきますが、私はサウンド系のエンジニアではありますが、作曲やミックスなどをするクリエイターではありません。アーティストでもありません。万博の仕事においては、展示物のための最適な音響システムデザインと、クリエイターが現地で完成させるまでの工程や制作方法をアドバイスし、最終的な音響調整を行い、完成までをサポートするエンジニアになります。ホームシアターでいうインストーラーのような存在です。
今回の大阪・関西万博におきましては、2つのパビリオンで音響設計を担当させていただきましたので、本稿ではその話を書かせていただきたいと思います。
EXPO 2025 大阪・関西万博にむけて
55年前の大阪万博、日本万国博覧会 EXPO’70では「人類の進歩と調和」をテーマに最先端技術や未来の都市・生活を提示するパビリオンが多数出展していたと聞きます。中でも鉄鋼館には1000ch以上の音響システムを備えた「スペースシアター」があり、その圧巻の姿は現在も万博記念公園で見学することができます。
またスペースシアターのホワイエでは「楽器彫刻」が展示されるなどして、建物一棟が「音」の展示棟であったことに驚きます。先端技術としての立体音響を扱うことが多くある私にとっては、2025年の大阪・関西万博に関われることを密かに熱望していましたし、幸運にも2つのパビリオンからオファーを頂けたことは大変嬉しいことでした。
今回の万博において、「音」にどれだけの進化を見せることができるでしょうか?鉄鋼館以上の建物は作れないとしても、55年後の未来としての「音」を魅せるパビリオンが作れるのだろうか?開幕前からそうした懸念を抱いていた私は、何か得られるものがあるかも知れないと、夢洲入りする前に鉄鋼館を訪れることにしました。スペースシアターを実際に眺め、資料に目を通して当時の音を想像してみると、その規模感には圧倒されるものの、音自体に関しては進化したものを示すことはできそうだと、確信のような気持ちが沸いたことを覚えています。
「いのちの遊び場 クラゲ館」の音響
そうして臨んだ大阪・関西万博。お声掛けいただいた二つのうち、一つのパビリオンは中島さち子氏プロデュースの「いのちの遊び場 クラゲ館」。
ここは今回の万博随一の「音」のパビリオンだと思います。地上の予約不要エリア「いのちのゆらぎ場」では「創造の木」を中心に様々な創作楽器や遊具を自由に触れ、そこに居合わせた人たちとの協奏・共創も生まれるスペースであり、その実現のために様々な音の仕掛けが作られていました。
「いのちのゆらぎ場」から地下の予約体験スペース「いのちの根っこ」へ続く構造には、ジャズピアニストでもある中島さち子さんならではの展開があり、個人の感想としても音楽ジャンルに分けるとしたら正しくジャズであると思いました。私はその中で、地下に降りた最初の部屋である「わたしを聴く」の音響システムを担当しました。
クラゲ館「わたしを聴く」は、フィールドレコーディングの第一人者である柳沢英輔氏(音文化研究者/フィールド録音作家)の音源と、中島さんやKURAGE Team、クラゲ館のゴールドパートナーであるDNP(大日本印刷株式会社)社の協働により、国内外の様々な音(エオリアンハープ、水中、コウモリが放つ超音波を可聴域に落とした音、ベトナムの蛙、ゴングなどなど)を空間的に散りばめた作品で、「いのちの根っこ」に座り、振動と音に耳を澄ませ自分と向き合う=「わたしを聴く」時間の展示となっていました。
作品という言葉で紹介しましたが、万博という場所は実際には作品展示の場ではありません。来場者も美術館を訪れるような気持ちで来ていないですし、パビリオン側も慌ただしく次から次へと人を誘導する必要があり、作品としての余韻を楽しむ時間はあまり取られていません。かといって、テーマパークのアトラクションとも違うので、その中間といったところになりますでしょうか。そのことをよく理解した上で制作し、パビリオンにインストールする必要があります。
「わたしを聴く」では視覚的な演出は最小限に抑えられており、数分真っ暗になる時間帯もあって、他のパビリオンではほとんど体験出来ない、ほぼ音だけの展示となっています。作品の前半は耳を澄まし「これは何の音?」と興味を持って没頭してもらい、後半はゴング(楽器)が鳴り響く音風景を想像して没入していただく、音によって心が整う体験を目指して作られました。次の部屋である「円形シアター」において自分自身を解放するための準備とも言える演出になっています。
その「わたしを聴く」の音響システムを紹介します。スピーカーはGENELEC 4420Aが16台、サブウーファーはGENELEC 7050Cが4台です。4420Aは1本のLANケーブルで音声と電源を供給できるSmart IP設備スピーカーになります。設置位置に電源を用意する必要がないので施工をシンプルに行える特長があります。4420Aは今回のスペースに対しては出力音圧レベルが十分とは言えないのですが、私がチームに参加した時にはすでにスピーカーが選定された後であったこともあり変更せず進めました。GENELEC社のスピーカーは他社の同サイズのモニター系スピーカーと比較すると遠達性が良く、多少離れても音の明瞭度が高いためその性能に助けられました。
細長い部屋を一つの立体音場にまとめ上げるための工夫として、エリアを2つに分けそれぞれに立体音響の標準的なスピーカー配置である8chキューブ配置(上層スクエア4ch+下層スクエア4ch)に設置する方式をとっています。こうすることで、その2か所のエリア(A・B)でそれぞれ繊細かつ一体感ある立体音場を生成でき、加えて外側のスピーカーだけを使い広い長方形の8chキューブと見立てた全体エリア(C)を作り、大きな音像移動や空間全体をまとめる役割を与えています。3エリアの8chキューブを重ねて一つの立体音場を作るイメージです。

図1 「わたしを聴く」 2x8chキューブ型スピーカーの配置
バランスの良いスピーカー配置であれば立体音場は比較的作りやすいですが、それでも各スピーカーの設置向き、角度、また音響調整には経験則が必要です。普通に考えると小さい2つのエリアのつなぎ目が心配になると思いますが、全く違和感なく音場が続いている印象となります。
3つの8chキューブという特殊なミックスは、柔軟なバスアサインが可能なDAWのCockos REAPERと、立体音響用の3DパンニングプラグインNovoNotes 3DXを使用しており、ティーアンドエス社の岡田岳久氏が現地でミックス作業を行いました。岡田さんには、使い慣れていないREAPERを勉強していただきましたが、その理由は、現場で音を聴きながら浮かんだミックスのアイデアをこの特殊なスピーカーアサインで組まれたシステムのどの部分にどのように3DXを割り当てることで実現できるのか、それに柔軟な対応が可能な唯一のDAWであるためで、他のツールでは完成しなかったと思います。
また、体験者が腰を下ろす「根っこ」には振動子が仕込まれており、音だけでなく振動による表現も積極的に行っています。振動は大抵体験を安っぽくしてしまいがちです。その原因の一つは「低音に合わせて振動させる」手法にあります。低音に合わせて振動させること自体は正しいのですが、それだけだとただムズムズするだけで、リアルな体験とするならば、足元から床全体を揺らす必要があります。「わたしを聴く」ではREAPERに振動用の音声トラックを作り、低音以外の音も使って振動をミックスしています。
座る「根っこ」も6か所あるので、振動用のトラックも6作りマルチトラックのミックスを行っています。それにより例えばコウモリの音が飛び交う場面では、コウモリが近くに来た時に振動する同期表現や、関連する音が無いのに振動だけが起きるソロ振動表現もあるなど、それらを混ぜ合わせギミックになることを恐れず振動を積極的に音として扱うことでバランスが取れ、結果一体感ある体験に繋がっていきました。
この振動を含め、現地ではメンバー全員で作品に対し多くのやり取りがなされ、現地ミックスの時間は想定の倍以上を要して完成にたどり着きました。「わたしを聴く」は今後「作品」として、それだけを体験するインスタレーションの展開があれば面白いと思っています。
「いのち動的平衡館」の音響
もう一つのパビリオンは福岡伸一氏プロデュースの「いのち動的平衡館」。こちらはクラゲ館とは全く異なり、一つの大きな展示を体験してもらうパビリオンになります。
生命は自らを分解し作り直すことを率先し、動的にバランスを取り続けている「動的平衡」を提示するこのパビリオンでは、32万球のLEDを使用し38億年の生命のドラマを演出するコンテンツが制作されました。このLED群「クラスラ」はとても素晴らしく、あえて色を付けずに明るさの濃淡だけで生命の形や奥行き、またそれらの動きが表現されています。その淡い光の粒子による鮮明過ぎない視覚情報が生命らしさをとてもよく演出していると私は思いました。

写真6 クラスラ
(©DYNAMIC EQUILIBRIUM OF LIFE / EXPO 2025 Photo:Junpei Kato)
この光のシステムは基板設計から展示演出を手掛けたTakram社がこの展示のために開発しています。「いのち動的平衡館」はこのように光が主役となります。それも一つの大きな展示にすべてが集約されています。無から細胞が生まれ多様な生命へと進化していく様が光で描かれていくのと同じく、サウンドについても単純な音から徐々に音が重なり、組織化、複雑化し、壮大な音楽となっていくという進化を辿る構成になっていると、サウンドデザインを担当された小山慶祐氏がnoteに詳細を記していますので、是非そちらもご覧ください。
音響システムとしては、繊細な表現とダイナミックな表現の両方を表現でき、それらが広い一つのスペースで一体感を持つ音場となることを目指しています。私自身、座右の銘は「バランス」と思っているくらい、音響システム設計では常にバランスを重要視しています。38万球の光と共に、音も38億年の時間経過を表現していくためにバランスを取り続け空間を生成していく、正に動的平衡の状態にある立体音響です。
スピーカーは、クラスラ内側から外へ向かってEAW RSX89とサブウーファーEAW RSX18Fの組み合わせを6ch、外周をEAW RSX129 6台+2台で囲う形で内と外とのバランスを作った上で、360度放射するBOSE FreeSpace 360Pを8台クラスラの周りに配置しました。
すべてのスピーカーの高さがほぼ一致する水平設置に見えるのですが、外周のRSX129は若干上向きに設置し柱の無い特徴的形状をした建物「エンブリオ」の天井伝いに音が廻るように、FreeSpace 360Pは足元の広がりに、クラスラ内側のRSX89は直接的にと、音が重なりながらも上中下方向に少しずつ音場が分かれることで立体音場が生成される構造になっています。
ミックスは小山さんが普段使うAbleton Liveを使用していただきました。どのようなミックスがされたか、その意図などは小山さんのnoteをお読みください。小山さんがミックスし、それを現地で聴きながら表現方法を話し合い、そのためのテクニカルなアドバイスと音響調整を完成まで計4回行いました。
来場者はパビリオン内を自由に歩き回れクラスラを様々な距離や角度から眺めるので、サウンドもどこから聴いても光の粒子が作り出す生命感と一体化するように、またアナウンスは定位を定めず空間から聴こえるようなイメージで音響調整を行っています。
サウンドスケープデザインの紹介
個人的に万博会場を訪れパビリオンを巡る中、音が印象的なパビリオンはいくつかありましたが、万博の「音」に関わる取り組みで特に印象に残ったものを一つ紹介したいと思います。
それは「サウンドスケープデザイン」です。
万博会場は命・祭・街・森・水・空・地のテーマを持つ7つのエリアに分かれており、7名のコンポーザーがそれぞれのエリアでテーマに沿った楽曲を制作し、その音が流れています。そしてある時間になるとすべてのエリアの音が徐々に混ざっていき、最後はEの和音となって場内全体を一つにして鳴り響きます。それが終わるとまたエリア毎に楽曲が流れ始める。この仕組みが空間に対して大変バランスが良く、基本的に会場内は来場者の声のザワザワとこのエリア毎の楽曲とで静かな空間が形成されており、大阪・関西万博独特のサウンドスケープを生みだしています。
これが「万博に来た」「万博にいる」気分を高める要因の一つとなっています。いわば今回の万博で最大の音の展示がこの「サウンドスケープデザイン」です。私もこれが無かったら何度も万博に足を運ばなかったかも知れません。また、何度も万博に通った人達「万博ガチ勢」に人気だったのが、場内放送用のスピーカーを設置したTOA社が制作したチャイムの音や、場内アナウンスなど、万博に存在し何度も聴いた音もサウンドスケープとして心に刻まれています。
フィールドレコーディングした音源をYouTubeに公開
冒頭に「音」にどれだけの進化を見せることができるのか」といった話をしましたが、この「サウンドスケープデザイン」という最大の音の展示に触れて、この音風景が一番の進化であると思うようになり、EXPO 2025 大阪・関西万博の音を残すことにしました。立体音響の仕事に携わって25年あまり、その経験を活かし、より良い形で万博の音風景を残したいと思い、YouTubeに万博をフィールドレコーディングした音源を公開しています。仕事ではなく、個人的な働きかけとして行っています。サウンドスケープ(音風景)はそもそも立体音場であり、それを再現するのであれば立体音響によって表現することが自然であることから、バイノーラル録音を行っています。万博へ行った際に好きな音風景を探し、見つかったらその場で立ち止まって録音をする。同時に写真を撮る。そうして記録した12本の音風景をこちらに公開しています。
マイクはSOUNDMAN OKM-II、レコーダーはZOOM H1nと、とても手軽な録音システムで記録しています。録音データの整音に使用したヘッドホンはSHURE SRH840Aです。ダミーヘッドマイクや、Ambisonicsマイクでも無く、自分の耳に装着するタイプのこのマイクで録音する方法が場の空気感を経験上最もよく残せ、仕事であればAmbisonicsで収録し8chキューブで再生した方が臨場感は得られるのは分かっていながら、記録として残る確率が高いのは一般的なフォーマット2chということもあり、この方法で録音しました。
数多く万博会場へ足を運んだ人ほど音風景は脳に刻まれていると思います。この録音は空間を伴う音風景そのものですので、2025年の万博を訪れた人が何年後かにこの記録を耳にしたとき、この音から「そこにいた」ことが想起されるはずです。
最後に
今回、万博での音響について書いてきましたが、これも後世に残すことの一環です。EXPO 2025 大阪・関西万博の音響はどうだったのか。未来の音響に関わる人たちのために、他のパビリオンの音響デザインの記録も残ることを願います。
執筆者プロフィール

- 久保 二朗(くぼ じろう)
立体音響エンジニア(システムデザイン・技術開発・サウンドデザイン・バイノーラル他)。高品位なプロオーディオ機器を幅広く扱う輸入代理店のセールスエンジニアとしてキャリアをスタートし、2007年「株式会社アコースティックフィールド」を設立。現在まで立体音響を中心とする多くの特殊音響システム開発やコンサルティングを行う一方で、豊富な経験を軸にサウンドアーティストの立体音響による音楽制作やインスタレーションを技術面からサポートしている。2014年、ヘッドフォンおよびイヤフォンでの音楽リスニングに特化した高性能バイノーラルプロセッシング技術「HPL」を発表。








