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2025autumn
PasocomMini PC-8801mkⅡSRの製品化について
株式会社ミラクルアーツ 代表取締役 三津原敏
株式会社電波新聞社 マイコンソフト事業部 大上友也

概要
NECから1985年にPC-8801mkⅡSRが発売されてから、40年の歳月が経ちました。現在、開発を進めております、PC-8801mkⅡSRの1/4サイズのPasocomMini PC-8801mkⅡSRについて、ご紹介させていただきます。
PC-8801mkⅡSRとは
PC-8800シリーズは高解像度表示に加え、オプションで漢字が表示出来るなど、当初はビジネス色を全面に出したパーソナルコンピューター(パソコン)でしたが、1982年に16bit機のPC-9801が発売されたことにより、ビジネスユースについてはその役割をPC-9800シリーズに譲り、PC-8800シリーズはホビーユースへとポジションをシフトしました。しかしホビーユースで使うユーザーからは、速度が遅い、サウンドが貧弱などの問題があがっておりました。これらの弱点を一新し、ホビー志向の強いパソコンとして登場したのがPC-8801mkⅡSRでした。PC-8801mkⅡSRはPC-8800シリーズの第三弾のモデルになります。
PC-8801mkⅡSRは、先代機種であるPC-8801mkⅡに比べ、以下の特徴がありました。
- CPUの速度向上
- 高速なグラフィック描画
- FM音源の搭載
CPUについては、メインメモリとVRAMとを分離することで、DMA(Direct Memory Access)の影響を受けることのないアーキテクチャーを採用、安定して4MHzで動作できるようになりました。40年前の当時としては4MHzノーウェイトは貴重な存在でした。
グラフィックは、色に合わせてRGBの3つのプレーンを操作する必要がありますが、従来はその3つのプレーンに対するメモリ操作をそれぞれ行う必要があったのに対し、PC-8801mkⅡSRでは3つのプレーンのメモリを同時に操作出来る「ALU」機能が装備されたおかげで、グラフィックスピードが劇的に向上しました。
サウンドについてはヤマハのFM音源チップYM2203が乗りました。これによりFM音源3声+PSG3声が発声出来るようになり、幅の広い表現が可能となりました。PC-8801mkⅡSRに、このFM音源チップであるYM2203が搭載されたことが、その後のゲーム音楽のクオリティーを大きく変えたことから、PC-8801mkⅡSRが名機と称されるに相応しいエポックメイキングな存在になりました。
FM音源について
FM音源は、その名前の元ともなる「周波数を変調する(Frequency Modulation)」ことで多彩な音を生み出す技術です。キャリアとモジュレーターという2つの周波数を用いて、キャリアの周波数をモジュレーター周波数で変調することで、元の周波数よりも非常に高い高域倍音成分が発生し、レベルやエンベロープを調整することで様々な音を作り出すことができるという特徴が使われています。キャリアで音程を、モジュレーターで音色をつかさどるものと考えていただいていいかと思います。
FM音源の技術については、簡単な説明に留めますが、すでに電子楽器の世界ではFM音源を搭載したシンセサイザーが登場するなど、80年代ポップスの世界で変革をもたらす時期に来ていました。パソコンではまだ一般的だったBEEP音を組み合わせたサウンドだったものが、PC-8801mkⅡSRがFM音源を搭載して登場したことにより、大幅にサウンド表現を向上させるきっかけを作り、当時はFM音源で出せない音はないのでは?と言わしめるほど驚きをもって迎えられたものでした。特にYM2203は同時発音数3チャンネルのFM音源に加えて、PSG(矩形波)も同時発声出来たのが素晴らしく、透き通った音と厚みのある音を同時に鳴らすことが出来ました。
当時はゲームにおいて音楽の重要性が認識された時期でもあり、後世に残る素晴らしいゲーム音楽が生まれるなど、今も活躍されている古代祐三氏のような素晴らしい作曲者たちが登場してきました。ゲームの起動音を聴くだけで、これから起きることの期待感にワクワクしたものでした。
PC-8801mkⅡSRでは、標準搭載されていたN88-BASICからFM音源を鳴らすことができました。MML(Music Macro Language)という音楽を記述するマクロ言語があったおかげで、少しBASIC言語を勉強すれば自由に音楽を鳴らすことが出来ます。これを利用して電波新聞社が発刊していた「マイコンBASICマガジン」(ベーマガ)にも音楽プログラムがたくさん掲載され、それに触発されて音楽プログラムを始めるユーザーも多かったようです。
このように、40年前の当時は、ゲーム音楽というまだマイナーな文化の中の話ではあったものの、打ち込み系の音楽制作の原点がここにあることを知っていただければ幸いです。すなわち、音楽文化の発展にも非常に寄与した技術がパソコンという生活に欠かせない技術発展と融合し、さらにレベルの高い文化を生み出してきた、まさにその誕生の瞬間がPC-8801mkⅡSRの登場だったのです。
PasocomMini PC-8801mkⅡSRについて
株式会社ハル研究所は、1980年代の伝説のパソコンを1/4サイズで再現し「愛でて、作って、実行して、遊べる」手のひらサイズのパソコン「PasocomMini」として、SHARPのMZ-80C、NECのPC-8001の2機種の開発、販売を行ってきました(現在は販売終了)。
その後の商品展開を電波新聞社が受け継ぐこととなり、PasocomMini PC-8801mkⅡSRの開発を進めています。ここまで述べてきたように、PC-8801mkⅡSRはその歴史的価値、文化的価値の高いものであり、これを継承するPasocomMini PC-8801mkⅡSRは、期待外れになるわけにはいかない製品です。それ故に、ハードウェアもソフトウェアもしっかりと開発する必要があり、それぞれを同時進行で進める大プロジェクトとなりました。
本体ケースは、これまでのPasocomMiniシリーズと同じく、青島文化教材社製です。微細なモールドとシルク印刷で、観賞用としてもしっかりと楽しめる製品を目指しています。サイズは、幅99.5×奥行85.7×高さ31.0mmで、まさに手のひらに載せて愛でる楽しみのあるモデルとなっております。スタンドを差し替えることで、本体を縦置きすることもできます。
内蔵のシングルボードコンピューターはPasocomMiniのために新規設計をしております。本体+サウンドボードⅡの音源をエミュレートするため、ミニハードとしてはワンランク上のSoCを採用しております。また、ステレオスピーカーを内蔵しており、本体だけで88サウンドを鳴らすことが可能です。
PC-KD852miniは、PC-KD852[当時の14インチブラウン管カラーディスプレイ]を1/4サイズで再現するために、3.5インチ小型液晶モニターを用いて製作されたカラーディスプレイです。当時の640×200ドットのカラー表示を再現しています。
さすがにブラウン管モニターを製作することは出来ませんし、ブラウン管モニターのような湾曲を再現するために液晶面を曲げると大変なコストが掛かりますので、液晶パネルの前にアクリルレンズを配置することで光学的にブラウン管の歪みを再現しています。HDMI入力の他にアナログRGB入力も備えており、付属の変換ケーブルで15kHz~31kHzのアナログRGB映像を映すことが可能です。
PC-8801-KBは、PC-8801mkⅡSRに同梱されていた日本語キーボードを、筐体からキートップまで全て新規金型を製作しました。メカニカルスイッチも打鍵感のあるものを採用して再現したUSBキーボードです。すなわち、USB端子を備えたパソコンで利用が可能です。
一方、ソフトウェアについても紹介します。
N88-BASICのVer.2.0を搭載。BASICコマンドのリファレンスをオーバーレイ表示で参照しながら、快適にプログラミングすることができます。当時のベーマガなどに掲載されていたPC-8801mkⅡSR用プログラムを打ち込んで実行させることを何より楽しみにされているファンの方々も多いことと考えており、その期待に応えます。
特にPC-8801mkⅡSRのサウンド機能のエミュレートに期待が高いと考えています。当然PasocomMini PC-8801mkⅡSRにはFM音源の実装がされており、PC-8801mkⅡSRに標準装備されていたYM2203に加え、サウンドボードⅡ(YM2608)にも対応しています。これにより当時のSRサウンドに加え、サウンドボードⅡの音楽も楽しめるようになっています。
コンピューターでサウンド演奏といえば割り込みを用いた処理を行うことが一般的であり、PC-8801mkⅡSRでも割り込みが複数用意されていました。
- 垂直同期割り込み(1/60秒割り込み)
- 1/600秒割り込み
- FM音源からのタイマー割り込み(2種類)
どの割り込みを用いてサウンドを鳴らすのかはプログラマに任されています。その上、PC-8801mkⅡSRには複数の動作モードがあり、それぞれに厳しい時間管理が求められます。エミュレータ実装の難しさもここにあります。
CPUとFM音源の動作を合わせるため、厳密にクロック単位での実装がなされています。現在苦戦しているのはまさにココで、音ズレがしたりノイズが乗ったりと調整が大変です。サウンドは一瞬でも途切れるとユーザーに不快な音として認識されてしまうため、ここは慎重に対応すべく調整を繰り返しているところです。
最後に
名機PC-8801mkⅡSRの再現モデルに相応しいPasocomMini PC-8801mkⅡSRを開発するために、大変な困難を次々と乗り越えてはおりますが、予定より遅れ、発売が延期となっております。この場を借りて、お客さまおよび取引先の皆さまに、多大なご迷惑をお掛けしておりますことを深くお詫び申し上げます。発売日が決まり次第、電波新聞社ホームページからお知らせします。ご期待ください。
執筆者プロフィール
 
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三津原敏(みつはら さとし) 
 1990年、株式会社ハル研究所入社
 1999年、株式会社ハル研究所退社、有限会社ミラクルアーツ設立
 2012年、株式会社ハル研究所入社
 2015年、株式会社ハル研究所代表取締役社長
 2020年、株式会社ハル研究所退社
 2020年〜現在、株式会社ミラクルアーツ代表取締役社長レトロパソコンでプログラミングするのが趣味。現在はゲームクリエイターの若手育成を意識した起業コンサルなども手掛ける。 
 
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大上友也(おおうえ ともや) 
 2007年、マイコンソフト株式会社入社
 2018年、株式会社電波新聞社と合併京都コンピュータ学院卒業後、ソフトウェア・ハードウェア業界で食いつなぎながらバイト先の一つであったマイコンソフト株式会社に入社。ハードウェアの開発と製造、レガシーの復刻やリブートを担当。 





