2021autumn

22.2マルチチャンネル音響信号の入力に対応した立体音響技術「OPSODIS®」搭載シアターバーシステム

シャープ株式会社
スマートディスプレイシステム事業本部
オーディオ事業部 杉山 道則

概要

テレビの画面サイズの大型化やVODサービスの普及に加え、2020年からは在宅時間が増えたことにより、自宅で映画を楽しむ人が増えています。また、コンテンツの高画質化・高音質化が進み、新4K8K衛星放送では22.2マルチチャンネル音響の番組も増えてきています。当社では、立体音響技術「OPSODIS」を搭載した業界初の22.2マルチチャンネル音響信号を再生するシアターバーシステムを新たに開発しました。臨場感のある立体音響を実現しており、まるでその場にいるかのような没入感を体験できます。

ABSTRACT

More and more people are enjoying movies at home recently because of the larger screen size of TVs, the spread of VOD services and the increased amount of time spent at home from 2020. In addition, as the image and sound quality of the contents becoming higher, the number of programs with 22.2 multichannel sound is increasing in 4K/8K satellite broadcasting. We developed the industry-first sound bar home theater system, which can reproduce 22.2 multichannel sound using newly equipped OPSODIS 3D surround technology. This sound bar reproduces a realistic 3D surround sound, providing a more immersive experience as if you are there.

1. はじめに

現在、家庭で楽しめるイマーシブオーディオとしてDolby Atmos、Auro-3D、22.2マルチチャンネル音響とさまざまフォーマットがあります。その中でもチャンネルベース方式で最もチャンネル数の多い22.2マルチチャンネル音響信号のダイレクト入力に対応し、かつ地上デジタル放送の2ch/5.1ch音声信号等についても、新たに搭載した立体音響技術「OPSODIS」による立体音響を実現するアクオスオーディオ シアターバーシステム8A-C22CX1の開発を行いましたので、開発の経緯や技術特長をご紹介いたします。

2. 開発の経緯

一般家庭において、複数のスピーカーを配置することは困難なため、イマーシブオーディオを手軽に再現する手段として、Dolby AtmosやDTS:Xに対応したサウンドバーが多数発売されていますが、最もチャンネル数の多い22.2マルチチャンネル音響に関しては、手軽に再現できる手段がありませんでした。

当社では、2014年~2019年にわたりNHKと共同で前方のスピーカーのみでイマーシブオーディオを再現する手段の研究を行っており、2017年~2019年のNHK技研公開ではラインアレイスピーカーを発表いたしました。しかしながら、複数のスピーカーユニットをフロント上下に配置することや、マルチチャンネル信号を伝送する専用インターフェースの実装が課題となり、製品化には至りませんでした。

そこで、2018年に発売した8A-C31AX1では、AQUOS 8Kのテレビ側で22.2マルチチャンネル音響信号をデコードし、HDMIケーブル一本で伝送可能な7.1chに独自ミキシングした入力信号に対して、22.2マルチチャンネル音響の立体音響を再現しました。ただこの方法では、ミキシング後の信号に対して立体音響処理を行うため、22.2マルチチャンネル音響の高音質特性を十分に活用できていませんでした。

8A-C22CX1では、伝送方式、処理チャンネル数、マルチチャンネルサラウンド処理の課題解決のため、MPEG-4 AAC信号入力への対応、22.2マルチチャンネル音響に使用されているMPEG-4 AAC 22.2chのデコードに対応、22.2マルチチャンネル音響信号に対してサラウンド処理とミキシング処理を実現できる立体音響再生技術「OPSODIS」を採用することにより、22.2マルチチャンネル音響を最大限に活かした立体音響を再現しています。

3. MPEG-4 AAC 22.2ch対応

2018年11月にMPEG-4 AAC伝送規格「IEC61937-11」に「High Speed Transmission」の規定が追加、2019年5月にHDMI規格の参照規格としてCTA-861.5が追加されたことにより、HDMI(ARC)経由でのMPEG-4 AAC 22.2chストリームの伝送が可能となりました。これにより、新4K8K衛星放送で採用されている音声フォーマットMPEG-4 AAC 22.2chを外部機器でデコードすることが可能になり、信号が持つ高音質特性を維持したまま外部機器で音声処理ができるため、22.2マルチチャンネル音響を最大限に活かした立体音響の再現が可能になりました。

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4. OPSODIS立体音響処理

OPSODISは、音楽ホールやスタジオ等の建築音響分野で豊富な実績を持つ鹿島建設(株) 技術研究所と音響技術分野で著名な英国サウサンプトン大学音響振動研究所が共同開発した立体音響再生技術で、視聴者の前方にスピーカーを設置するだけで、前後・左右・上下を含む360度の立体音響を実現しています。
OPSODISは、Optimal Source Distribution(最適音源配置理論)の略です。スピーカーは、本理論に従って、3wayスピーカーシステムの各スピーカーを左右対称に、正面から「ツィーター」、「ミッドレンジ」、「ウーハー」と配置し、各周波数間の干渉を最小にしています。

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通常のステレオ再生では、左右の各スピーカーから発せられた音は、再生空間で混ざりあって両耳に届くため、空間情報を伝えることが難しく、より自然に立体音響を聞かせるためには、クロストークキャンセルの性能が重要になります。「OPSODIS」は、左右どちらかの耳だけに音を届けたいとき、逆相の信号を生成して打ち消す従来の手法ではなく、周波数ごとに異なる両耳間の位相差を制御する信号(90度位相が異なる)を用いてクロストークキャンセルを行うことで、必要な「キャンセル信号」の数を大幅削減し、キャンセル処理による音質劣化をミニマイズすることにより高音質化を実現しています。

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また、スピーカーの音がリスナーの両耳に届くまでの伝達特性Cを無響室で測定し、その逆関数Hを用いて出力信号を制御することで、スピーカー位置の特性を排除した全方位の音を表現しています。

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さらに、鹿島建設(株)と英国サウサンプトン大学特許管理機構による合弁会社Opsodis Limitedを通じ、長年に渡る実験で蓄積した音源と両耳の特性に関するデータベースを保有しており、音源のチャンネル数と対応するスピーカーの空間情報から、再生するスピーカー構成に適した伝達特性をシミュレーションすることが可能です。これにより、22.2マルチチャンネル音響の各チャンネルの伝達関数を求めることができ、最適なミキシング処理を実現しています。

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5. 開発時の課題と解決への取り組み

製品開発にあたり、伝送方式への対応と、マルチチャンネルサラウンド処理の実現には大きな障壁がありました。

伝送方式に関しては、開発当時、MPEG-4 AAC 22.2chの伝送は、規格化されたばかりで、MPEG-4 AAC 22.2chをRF(高周波)出力する機材はありましたが、HDMI出力に対応した機材はありませんでした。そのため、同時開発中のテレビAQUOS 8Kを用いるか、もしくは放送ストリームをIEC61937-11にフォーマット変換して検証する必要があり、環境構築に非常に苦労しました。

マルチチャンネルサラウンド処理に関しては、長時間視聴しても疲れず、包み込まれるような自然な立体音響の実現を目指したため、意図的に上下左右の音像の移動を強調した他の立体音響処理と比較試聴すると、ON/OFF時の変化が少なく感じ、インパクトが劣ってしまいます。自然な立体音響を維持し、かつ変化のインパクトも感じられるように、22.2マルチチャンネル音響の全ての音を有効活用して調整するには非常に時間を要しましたが、満足いただける音作りができたと思います。

6. まとめ

イマーシブオーディオのフォーマットの中で、最もチャンネル数の多い22.2マルチチャンネル音響を最大限に活かした立体音響を再現するため、業界で初めてMPEG-4 AAC 22.2chに対応し、22.2マルチチャンネル音響信号に対してサラウンド処理とミックス処理を実現できる立体音響再生技術「OPSODIS」を採用することで、一般家庭でもイマーシブオーディオを再現できるシアターバーシステム8A-C22CX1を開発しました。

8A-C22CX1では、周波数間の干渉を最小化するため、高域、中域、低域の3way方式のスピーカー構成を採用しましたが、今後は2wayや1way方式においても、「OPSODIS」を用いてイマーシブオーディオの再現を検討し、ラインナップの拡大を図りたいと考えています。

※ Opsodis is a Trade Mark used under license by Opsodis Ltd.

執筆者プロフィール

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杉山 道則(すぎやま みちのり)
シャープ株式会社 スマートディスプレイシステム事業本部 オーディオ事業部
1997年、シャープ株式会社入社。入社後、1ビットオーディオ開発に携わり、2008年より9年間はマレーシアの開発・製造拠点に出向し、オーディオ商品設計業務に従事。2017年から現職にて、シアターバー商品の開発を担当中。