2021autumn

Dolby Atmosによるエンターテインメントの変革

ドルビージャパン株式会社代表取締役社長大沢 幸弘

概要

映画館から生まれた立体音響技術Dolby Atmos®はホームシアターシステムを始めとする各種リビングルーム機器、モバイル機器へと広がり、コンテンツ面でも映画に加え音楽、ゲーム、スポーツなど様々な分野へと採用が進んでいます。そして、2021年からいよいよ自動車でも楽しめるようになります。新たなトレンドによってエンターテインメントがどう変わるのか、最新の事例とともにご紹介いたします。

ABSTRACT

Dolby Atmos, an immersive surround sound technology born from movies, has spread to the living room and mobile devices, and is now being adopted for movies, music, games, sports, and more. In 2021, it will finally be available in automobiles. We will introduce how the new trend will change the entertainment industry with the latest examples.

1. はじめに

Dolbyは、画期的な映像・音響技術で、より臨場感の高い視聴体験を提供します。この体験は、映画館やホームシアターシステムだけでなく、現在は一般の4K TV・音響機器・スマートフォン・PCなどで手軽に楽しめるまでになりました。Dolbyの立体音響技術「Dolby Atmos」はオブジェクトベースのサラウンドで、従来の5.1/7.1chなどのチャンネルベースのサラウンドとは異なり、xyz座標の位置情報を持たせた音源を対応機器(以下デバイス)側でレンダリングをし、どのようなスピーカーレイアウトであっても予め指定された位置で聞こえるように音を再生することができる技術です。これにより、どんな再生環境であっても制作者が意図した通りの音響効果を再現することが可能になります。また、従来の水平方向に広がるチャンネル(以下ベッド)とxyz座標に置いたオブジェクトを組み合わせることで、音像を意識させたり、頭上で音源を縦横無尽に動かしたりといった複雑な音響効果を生むことができます。

2. 豊富なエコシステム

当初は、映画への没入感を高めるためにハリウッドをはじめとする映画業界で広く採用をされてきた技術ですが、実はスポーツやイベント中継など放送業界でも導入が進んでいます。米国・NBCユニバーサルグループのコムキャスト社が、今年の夏に開催された「東京2020オリンピック」を立体感あるDolby Vision映像とともにDolby Atmosで放送および配信をしました。また、中国・CCTVは、スマートフォンアプリを通じて「東京2020オリンピック」をDolby Atmosで配信しました。複数の配信プラットフォームを通じて世界21カ国ものご家庭で、まるでオリンピック会場の真ん中でスポーツを観戦しているような臨場感ある体験をお届けすることができました。

世界中の動画配信サービスでもDolby Atmosが広がりを見せています。日本でも現在、Netflix、U-NEXT、J:COM、ひかりTV、ビデオマーケット、Apple TV+の各サービスにおいてDolby Atmosで製作された映画・映像作品をDolby Atmosで楽しむことができます。ここでひとつ余談ですがNetflixで製作されたオリジナル作品のうち、最もユーザーに視聴されている上位トップ10全てがDolby Atmos対応作品であるという内容のランキング(※1)が発表されました。再生する場所や時間を問わない動画配信サービスだからこそ、より映像の世界に没入できる効果を与えるDolby Atmosが必要とされているのだと想像します。加えて嬉しいお知らせとしては、10月27日から日本国内のDisney+においてもDolby Atmosによる配信がスタートします。Disneyの最新映画やオリジナル作品がDolby Atmosで楽しめるようになりますのでお見逃しなく。

Dolby Atmosは、一般の4K TV・AVアンプやサウンドバーといった音響機器・スマートフォン・PCなどの豊富なデバイスに対応しており、世界中のデバイスに、コンテンツ製作者が意図した通りの体験を世界中のユーザーに届けることができます。

3. Dolby Atmos Music

Dolby Atmosは音楽の世界にも大きな変革をもたらしました。いつも聞き慣れた音楽がDolby Atmosによって、ライブコンサートのステージ上で聞いているかのような臨場感が生まれます。あたかもあなたの目の前で歌手が歌ってくれているかのような感覚、再生してすぐに“音楽に包まれる”感覚で、従来のステレオとの大きな違いにすぐ気づかれるでしょう。音楽がモノラルからステレオに変わった以来の大きな変革です。Dolby Atmos Musicは、現在日本では音楽のストリーミングサービスであるApple MusicとAmazon Music HDで配信されています。まだ体験したことが無い方は、お手持ちのスマートフォンでぜひお試しください。Dolby Atmos対応のAVアンプやサウンドバーをお持ちの方はApple TV 4KをHDMIで接続すればDolby Atmos Musicをお楽しみいただけます。Amazon Music HDで配信されているDolby Atmos MusicはAmazon社製スマートスピーカーのEcho Studioでお楽しみください。Doby Atmos Musicの楽曲は、世界的なレコード会社であるユニバーサルミュージックとワーナーミュージック、そして独立系のレコード会社から続々と配信されています。

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【図2】Dolby Atmos Musicの再生イメージ

4. Dolby Atmos for cars

映画館・リビングルームそしてモバイルまで広がったDolby Atmosがいよいよ自動車の世界にやってきます。自動車は、5Gと自動運転技術によって最高のエンターテインメント空間に大きく変貌を遂げるでしょう。Dolbyは自動車内を比類なきエンターテインメント空間に変えるためのアプローチとして、2021年1月CESでパナソニック社による「自動車内でのプレミアムなイマーシブ体験を実現する構想」発表や、2021年9月IAA(フランクフルトモーターショー)でシネモ社との「インフォテインメントミドルウェア領域におけるパートナーシップ」の発表。そして、2021年3月、米国・ルーシッドモーターズが、世界で初めて自動車向けDolby Atmos(以下Dolby Atmos for cars)を搭載した自動車「Lucid Air」を発表しました。Dolby Atmos for carsに関する最新情報は、CEATEC 2021 ONLINEでバーチャルブースでの展示やコンファレンスでご紹介しています。本稿と併せてご参照いただければ幸いです。

Dolbyがこれまで映画やリビングルーム、モバイルで培ったノウハウを活かし、音楽レーベル、アーティスト、クリエーター、ストリーミングサービス、開発パートナーまた自動車メーカーやカーオーディオメーカーとの協力関係により自動車でも充実したエコシステムを構築します。

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【図3】Dolby Atmos for carsの再生イメージ

Dolby Atmos for carsを実際に体験したいという法人のお客様は、CEATEC 2021 ONLINEのDolby Japan株式会社のバーチャルブース内のお問い合わせボタンからお問合せを送信いただくか、もしくは直接弊社担当までご連絡ください。弊社のDolby Atmos for carsデモカーでのDolby Atmosの体験にご招待いたします。

5. まとめ

世界中の映画館・リビングルーム・モバイルで楽しまれているDolby Atmosが、2021年からいよいよ自動車でも楽しめるようになります。いつもと同じようにDolby Atmos Musicを再生するだけで自動車の中が一瞬でコンサート会場や音楽スタジオに変わります。自動車の中で音楽に包み込まれる体験は、映画館・リビングルーム・モバイルがそうであったように、自動車にも続々と広がってゆくことでしょう。そして、そう遠くない未来に自動運転が普及し、自動車が移動手段から移動空間に変わる時代がやってきます。もしかすると、その時代では自動車にもHDR技術Dolby Visionと立体音響Dolby Atmosが搭載され、“家族全員で映画を見ながら移動する”といったことが当たり前になるかもしれません。Dolbyは、Dolby Atmos for carsを通じて比類なき車内エンターテインメント体験を提供してまいります。

<Dolby Atmos for carsデモカー>
車種:トヨタアルファード
構成:7.1.6ch “Dolby Atmos for cars仕様”

(参考1)「Dolby Atmos」について

Dolby Atmosは、再生する環境(空間の大きさやスピーカーの数)に影響されることなく、5.1chや7.1chの従来型サラウンド音響を拡張し、その再生音響に制作者の意図を正しく反映させることができるようにデザインされた音響技術です。例えば5.1/7.1chでは不十分だった、音像の定位や移動での解像度感を向上させるために、全てのスピーカーに入力信号を与え個別駆動できるようにしました。個々のサラウンド用スピーカーの最大再生音圧や周波数特性にも言及し、Atmos作品でなくても音響特性の向上を可能にしました。5.1/7.1chでは諦めていた頭上を通過する効果音を音響に使用したり、風や雷等の自然音のような音響再現による空間表現を可能しながらも、新しいスピーカーのために音源を用意したり、常に追加の演出が不要になったということです。また、この仕組みは5.1/7.1を拡張することから始まっていますので、従来の映画音響と互換性があるというのも特徴となっています。

<Dolby Atmosの主な特徴>

Dolby Atmos以前の音響は5.1/7.1チャンネルベースのサラウンドでしたので、スピーカーは少なくともチャンネル以上の数があれば良いということになります。しかしDolby Atmosでは再生する環境ごとにスピーカー位置や数が異なる上に、音声出力数もスピーカー数分となるので、これまでのチャンネルベースのミックスを拡張する方法では対応しきれません。分かりやすく言うとミックスの数が再生する環境の分必要になってしまう、こんなことは避ける必要があります。そのため、Dolby Atmosではオブジェクトベースのミックス手法を採用しました。チャンネルベースミックスは音声出力をスピーカー=チャンネルと扱う手法ですが、オブジェクトベースはその音声に特定のチャンネルつまりスピーカーを 割り当てません。音源には必ず再生される位置をxyz座標として記録したメタデータを付けて、対応機器のプロセッサーでレンダリングできる状態にしています。これがオブジェクトです。これにより、再生する環境ごとに異なるスピーカーレイアウトでもプロセッサーが適切にレンダリングしてその音像位置を制作者意図のまま再現させることができます。しかし、オブジェクトベースミックスだけで、サラウンド音響の効果を効率よく演出することができるわけではありません。実はDolby Atmosのためにチャンネルベースも活用します。Dolby Atmosは双方のミックス手法の良いとこを引き出せる音声仕様となっています。例えば、Dolby Atmosのスピーカー配置を7.1.2chとして扱うチャンネル(ベッド)では、スピーカーはアレイとしてそのチャンネルを担当しますので、カバーエリアの確保や定位があいまいでも包み込まれる音声に効果的です。一方オブジェクトはすべての観客に音像位置を意識させるような効果があります。

再生環境の提案と同時にDolbyは制作環境も整えました。音響制作に欠かせないデジタルオーディオワークステーション(DAW)を開発するメーカーとの開発協力を得て、標準機能+追加ソフト(3万円強)でDolby Atmosのベッドやオブジェクトをミックスすることができます。映画用のDolby Atmos音響制作のファイナライズはダビングステージで、家庭用のDolby Atmos音響制作はニアフィールドモニターのマスタリングステージで行っていただくことになります。この時使用する制作ツールには5.1/7.1chの音声を書き出す機能もあり、制作効率を良くしてコストを抑えることにも配慮しました。

(参考2)「Dolby Vision™」について

Dolby Visionは、ハイダイナミックレンジ(HDR)の映像を再生させる仕組みです。映画用のDolby Visionは、制作・伝送・再生の仕組みを提案し、制作者の意図を正しく再現することができる家庭用のDolby Visionと基礎となる技術は同じです。

Dolby VisionのHDR 映像とは、これまでの光電変換に使用されていたガンマ係数を、0-10000nit(nit = カンデラ/平方メートル)を扱える絶対光量のコードを割り当て、SMPTE で基準化(SMPTE ST2084)されたPQ(呼称)に置き換え、これまでのITU-R BT.709(以下、Rec709)(0.117-100nit)に比べ、100倍以上の広いダイナミックレンジを獲得しました。高画質化の手法である解像度やフレームレートの向上は時間や空間の画素数(ピクセル)の数を増やし高画質を目指しますが、HDRはピクセル毎の質を上げて高画質を獲得する手法ですので、2/4/8Kや30/60pなどの技術と併用することができます。しかも情報量は Rec709の8/10bitに代わってPQの12bitに増加するだけですので2~3割増し程度、2Kから4Kへのデータ4倍ほどもありません。それにもかかわらずHDRの効果はディスプレイから離れても認識することができるため、制作設備的負荷の少ない効率的な高画質手法です 。

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【図5】Rec709/DCI-P3とST2084/Rec2020

OTT 配信等で活用されている家庭用のDolby Vision信号は、HDRの映像に民生用TVでの再生時に最適な映像とするためのメタデータを持っています。メタデータは制作者の操作の元、クリップ/シーン/フレーム等の単位で更新させることが可能な 3つの値から構成されます。輝度の最大値/平均値/最小値です。この値をカラーグレーディングが完了した HDR素材を解析して発行させます。生成されたメタデータは家庭用のDolby Visionデコーダー内蔵 TVまで映像信号とともに届けられ、TVのデバイスの性能に最適化されたHDR にマッピングダウンされます。このリマッピングに使用されるアルゴリズムはDolbyが製品開発用に提供していますので、制作者もHDR素材を解析して発行されたメタデータとDolby Vision制作ツールを使用しながら、マッピングダウン後の映像をグレーディング環境下で確認することが可能です。このメタデータは解析結果以外にリマッピングのコントロールパラメーターを用意して、制作者がHDR素材に手を加えることなくマッピング後の映像だけを調整することも可能です。この作業で完成されたメタデータは、家庭用のTVがリマッピングに使用するだけでなく、制作現場でHDRからSDRへ変換する際にも使用することが可能です。HDRが導入されて間もない今日時点では、SDRマスターはまだ不可欠です。SDRをHDRマスターから生成する作業において、Dolby Visionメタデータを活用すれば、時間やコストを抑えることができます。

※1「The 10 most-viewed Netflix original movies of all time」
https://www.insider.com/most-viewed-netflix-original-movies-of-all-time-2020-10#10-fatherhood-74-million-views-1

※Dolby、ドルビー、Dolby Atmos、Dolby Vision、およびダブルD記号は、アメリカ合衆国と、またはその他の国におけるドルビーラボラトリーズの商標または登録商標です。その他の商標はそれぞれの合法的権利保有者の所有物です。

執筆者プロフィール

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大沢 幸弘(おおさわ ゆきひろ)ドルビージャパン株式会社 代表取締役社長
三井物産(株)にて情報産業ビジネス等に従事した後、2005年、米国Macromedia日本法人代表取締役社長に就任。その後、米国DivX, Inc.アジア総代表から、複数回の(被)買収を通じ、米国Sonic Solutionsアジア総代表(兼)日本法人代表取締役社長、米国Rovi CorporationのSVP APAC等を経て、2014年3月から現職。(兼)東放学園外部理事。東京生まれ。早稲田大学 (高等学院及び理工学部) 卒。