2023autumn

「Denon PerL」
~よりパーソナライズを進め、
ユーザーに寄り添う製品づくりを~

株式会社ディーアンドエムホールディングス
Global Product Development ヘッドホン設計マネージャー
福島欣尚

概要

近年ヘッドホン・イヤホンの世界では、“パーソナライズ”が、ユーザーの製品体験の一つとして重要となっています。弊社では、「Denon PerL」を通じて新たな音響体験を実現したので、その開発背景についてご紹介します。


PerL Pro Studio
※本製品は医療用機器ではございません。

1. Denon PerLの誕生背景

Denon PerLの開発は、Masimoとデノンが一つの会社になったところから始まりました。製品の話をする前に、少し Masimoという会社について説明します。Masimoは心拍センサーなどの医療機器を作っている会社です。主に医療機関とのビジネスが多くありますので、アメリカのヘッドクォーターにはICUや手術室、入院施設を模擬した部屋が並びます。そこには人間の命を救う、また患者さんやそこで働く方々の負荷を軽減するような設備や仕組みがたくさん展示されています。


Masimoが提供する医療機器

Masimoが目指す会社の将来像の一つとして、これらの医療サービスを、病院などの医療施設にとどまらず、患者さんの自宅へ拡張して、さらには自宅の外においても提供し、患者さんの人生をより楽しんでもらおうというものがあります。


Masimoスマートウォッチ

その目標を実現するにあたって、デノンが持つヘッドホン・イヤホンカテゴリは、必要不可欠なものだったのです。なぜなら、いつでもどこでもユーザーに着けてもらうことが出来るデバイスだからです。そのMasimoが持つ将来像は、我々オーディオブランドであるデノンにとっても共通する部分があります。たとえばHiFiコンポやAVアンプなど、屋内で音楽を楽しんでもらう製品群もありますが、よりユースケースを広げる為に、屋外でも音楽を楽しんでもらうためのヘッドホン・イヤホンという選択肢も用意しています。

さらに言えば、特にイヤホンは音楽や通話デバイスに留まらず、耳につけるというデバイスの特徴から、ユーザーから情報を得ることもできますし、それを応用してユーザーに寄り添ったサービスを提供できると考えていた為、今回のプロジェクトは未来に向けての一歩を踏み出す非常に望ましいものだったのです。

2. リスナーがオーディオ機器に合わせることから、オーディオ機器がリスナーに合わせる時代へ

今回のDenon PerLは、このような背景から開発が始まりました。製品の特徴を端的に表すと、デノンのオーディオブランドとしてのノウハウと、Masimoの医療技術を応用し、高いレベルでパーソナライズされたイヤホンを提供できた、というところです。

オーディオブランドとして「DENON」は100年以上、またヘッドホンを発売してから50年以上が経ちます。間違いが許されない放送の現場にも機器を提供してきました。そこで培われた製品の信頼性や、音質の良さは市場から評価されています。いま2023年になり、人々の評価基準は次のフェーズに行っているように感じます。それは個々のユーザーに合わせた製品体験の重要性が増している事です。例えば、ホームシアターの世界だと、個人のお宅のスピーカーの特性や、部屋の影響に合わせて自動的に測定から音響調整までやってくれるシステムがあります。イヤホンの世界では、アプリ経由でのイコライゼーションはありましたが、自動的にやってくれる仕組みはありませんでした。最近になってようやく大手メーカーさん方が耳へのフィット具合に応じて音響特性を調整してくれるものは出てきました。今回、我々のDenon PerLでは、よりアドバンスな技術を採用しています。耳へのイヤホンのフィットテストに始まり、外耳道の長さを音響的に自動測定し、最適化する。そして最後に耳音響反射という技術を応用して、各自の耳の聞こえに合わせた音響調整を行います。


耳の構造

その一連の過程を自動で行います。そうすることで、ユーザーに最適化された音響体験が提供できるのです。

3. 医療技術を応用したパーソナライズ機能

ここからは技術的な部分を説明します。

耳へのフィットテストは最初のステップです。耳にフィットしていなければ、音漏れが生じ、最適な音質を提供できません。ですので、製品にはイヤホンが耳にピッタリくっついているかどうかを確認できる仕組みが入っており、ユーザーに対し正しい装着の仕方をアドバイスすることができます。

その次が各々の外耳道の形状が違いを確認するプロセスです。外耳道の形状が違うと聞いている音も違うため、特徴的なテスト信号を使用し、マイクで拾うことで大まかな外耳道の形状を推測することができます。

その後、耳音響反射を応用した測定プロセスが始まります。ここがコンシューマーオーディオの業界で使われるのは珍しい技術になります。耳音響反射とはあまり聞きなれない言葉かもしれませんが、実は赤ちゃんが生まれた時に、耳が聞こえているかどうかを判断するために使われている技術です。赤ちゃんは、大人ができるような“音が聞こえたらボタンを押す”ということができませんので、何らかの方法で聞こえていることを確認する必要があります。そこで耳音響反射を使用します。面白いことに、ある信号を耳に音として入力すると、音が聞こえていれば、特定の音が戻ってくるのです。その仕組みをDenon PerLは応用しています。このように、耳へのフィット、外耳道の形状、耳音響反射の応用を通じ、各人に合わせたパーソナライズを行います。

一見難しそうに見えるこれらのプロセスを専用のアプリを使用することで、ユーザーの負担なく完了することができるのも、ユーザー体験として大事にしているところです。


専用アプリを使ったパーソナライズの流れ

4. デノンが提案するこれからのオーディオ機器

さて今後、世の中はますます“パーソナライズ”が進んでいくと思われます。昔からメーカーは、ターゲットとなる顧客の声を聞き、製品計画や仕様に反映してきました。それによって、ターゲット層の要求に答える形でした。一方、各“個人”の好みや特性に合わせた製品作りには限界がありました。多少のボタンのカスタマイズやEQ調整などは可能でしたが、それ以上のカスタマイズは個別にモデルを作る必要が出てきて、ビジネスケースとして成り立たせるのは困難です。ただし、新しい技術、製造方法や販売方法によって、より個人に“パーソナライズ”された製品を提供することが可能になってきていると思います。同時に気をつけたいのは、ユーザーの為にカスタマイズ用のオプションを提供しつつも、本当にユーザーにカスタマイズを委ねるのが正しいことなのかを吟味する必要があります。メーカー側で検証し、製品やサービスに最初から仕様として定義しておく方がユーザーの手間などを考えると良い場合も、まだあると思うのです。ユーザーに判断を丸投げするようなことはあってはありません。また、ユーザーがその選択肢の中から自分に合うものを選んでいくプロセスが煩雑にならないように、UX (User Experience)を設計することも忘れてはなりません。我々は、今後のこの分野の発展に期待しつつ、ユーザーによりよい製品体験を提供できるよう努めていきたいと思います。

執筆者プロフィール

福島欣尚(ふくしま よしなり)
1981年生まれ。九州芸術工科大学 音響設計学科卒業。九州大学 大学院芸術工学府卒業。音響設計者として入社後、スピーカーやヘッドホンなどの開発を行う。2016年からドイツへ異動。2021年からはBowers & Wilkinsの開発部があるイギリス事務所へ異動し、Product Managerとしてヘッドホン開発を進める。2023年に帰国。日本でヘッドホン設計マネージャーを務めている。