2021summer

アカデミー科学工学賞を受賞した
“高音質”ラべリアマイクロホン
「COS-11Dシリーズ」

三研マイクロホン株式会社技術部

概要

ラべリアマイクロホンCOS-11Dシリーズは2020年度アカデミー科学工学賞を受賞した。本マイクロホンは1991年の発売から30年以上にわたり高評価をいただいている現在の主力商品である。本稿ではその技術内容、進化の過程と商品展開を紹介する。

ABSTRACT

The lavalier microphone COS-11D series won the 2020 Academy Scientific and Engineering Award. This microphone is the current main product that has been highly evaluated for more than 30 years since its launch in 1991. This paper introduces the technical content, evolution process and product development/rollout.

1. はじめに

1980年代半ばからハイビジョン放送を見すえ、ドラマやドキュメンタリ番組に使用する「目立たない」マイクロホンの要望が大きくなった。課題が多い開発項目に対し縦型振動膜を採用することで感度とノイズ問題を解決し、当時世界最小のラべリアマイクロホンを1991年に発売し、その後も改善・改良を重ねながら現在でも世界中の映画・放送局・演劇・ミュージカル市場で高い評価を得ている。基本となる外観と音質は発売以来変えていない。

2. マイクロホンの構造と特性

2-1. 構造

COS-11は無指向性マイクロホンである。無指向性マイクロホン感度は次式で表される。

ここで、E:マイクロホンの開放出力電圧、P:振動膜に加わる音圧、S:振動膜の実効面積、Eb:バイアス電圧、db:電極間間隔、s:等価スチフネス、Cb:電極間静電容量、Cs:電極間浮遊容量である。

マイクロホンを小型化すると、振動膜面積Sが小さくなり、さらに、電極間の静電容量Cbも小さくなるので、マイクロホンの感度は式(1)から減少することがわかる。

従来から使われている円形の振動膜を使用すると、振動膜面積は半径の二乗に比例するので半径が1/2になると面積は1/4となり、Eb、db、s、Csを一定とした場合感度も1/4になる。また、Cbも1/2になるので、感度はさらに低下する。

マイクロホンを小型化し、振動膜面積Sが小さくなり感度の低下した分を他のパラメータたとえば、バイアス電圧Ebを上げたり、電極間間隔dbを狭めたり、等価スチフネスsを小さくすることで感度を維持できる。しかし、これらのパラメータは、振動膜が背電極に吸着されないための指標である安定度を悪化させたり、収音帯域を狭くさせたりするので、この調整には限界がある。

これらのことを考えると、マイクロホンの種々の特性を悪化させず小型化するには、振動膜の面積をなるべく維持することが最良であることがわかる。

そこで、開発当時一般的なラべリアマイクロホンで使われていた円形振動膜に代わって長方形振動膜を採用した。構造を図1に示す。このように、振動膜をマイクロホンの長手方向に挿入することで、マイクロホンを小さく細くしても、振動膜の長さを長くすることで面積を維持できる。しかし、図1のような構造にすると振動膜前面に気室ができ、高域周波数特性に悪影響するので、なるべく気室を小さくしたい。このため、振動膜の長さには限度がある。この設計では、マイクロホンの直径4mmとし振動膜の形状は横方向に対して長さを約2倍とした。 COS-11を分解したものを図2に示す。

2-2. 長方形振動膜と円形振動膜

2-1項に述べたように、COS-11では、長方形振動膜を用いてラベリアマイクロホンの超小型化を図った。ここでは、長方形振動膜の方が円形振動膜よりどの程度マイクロホン形状の小型化に有利であるかを述べる。円形振動膜の直径がマイクロホンの直径と同じだと仮定して考察する。マイクロホンの直径をb[mm]とし振動膜の面積をS[mm2]として、円形振動膜と長方形振動膜についてb対Sのグラフを図3に示す。なお、長方形振動膜の長手方向の長さはCOS-11で採用した2×b[mm]とした。

図中、赤が長方形振動膜、青が円形振動膜のマイクロホンの直径に対する振動膜面積である。


【図3】マイクロホンの直径bに対する振動膜面積Sの関係

図3に示すように、COS-11で採用したマイクロホン直径が4[mm]の場合の長方形振動膜の面積はA点32[mm²]に対して円形振動膜ではB点12.5[mm²]となり、長方形振動膜の方が円形振動膜に比べて約2.6倍の面積を有する。これは、式(1)より面積以外のパラメータを同じに調整した場合、感度は円形振動膜より長方形振動膜の方が8.3dB上昇することとなる。

また、円形振動膜で長方形振動膜と同じ感度を得るためには、C点マイクロホンの直径を6.4[mm]と太くしなければならない。言い換えると、直径6.4[mm]のマイクロホンを直径4[mm]と小型化すると、円形振動膜では感度は減少するが、長方形振動膜を使うと感度を維持することができる。このことは、マイクロホンの小型化には振動膜を長方形にするほうが有利であるといえる。

2-3. 特性

周波数特性を図4に示す。収音帯域は20kHzまでで、6kHz近傍に5dB程度のピークを持つ良好な特性である。ラベリアマイクは、話し手の胸元につけることが一般的なので、明瞭に収音するためには、6kHz前後にこのようなピークを持つ周波数特性は有効である。

仕様を表1に示す。


【図4】周波数特性

【表1】COS-11D PT仕様

3. COS-11の進化

長く販売を続ける過程ではさまざまな要因で設計変更が発生する。材料が入手できなくなったら代替材料を探さなければならない、また法規制、欧州RoHS指令への対応もしなければならない。これに加えてユーザーの要求や市場での使用環境の変化へ対応しながらより良い商品にするための改善・改良が大切である。

3-1. ケーブルの強化

ラべリアマイクロホンは想像以上の厳しい環境で使用されることが多い。「細くて柔軟」と「耐久性」の要求を実現するため色々な改良を続けてきた。
(1)屈曲に強く汗などで劣化しない柔らかなケーブル外皮:材料選定と長期テスト
(2)柔らかで切断に強い芯線の金属銅線や補強の糸(化繊):材料選定と長期テスト
(3)屈曲時にノイズの少ないシールド被覆の巻き方などの試作と実験

3-2. 撥水塗装

先端メッシュに強力撥水塗装をほどこし、内部には撥水処理の不織布を配置して、屋外ロケでの急な雨、汗や唾による悪影響を防ぐ。

3-3. 白色追加

放送局や映画制作から白いシャツやテーブルを使うことが多くなった、との要望でシリーズに白色を追加した。マイク本体だけではなくウィンドスクリーン・クリップ・ケーブルも白色を用意。

3-4. RFI(Radio Frequency Interference)に強い

~デジタルワイヤレス時代への対応

(1)2005年頃から携帯電話の普及、それに続いて放送・映画・イベントで使われるワイヤレスマイクのデジタル化によって音声にノイズが飛び込むトラブルが多くなった。国内ではまだ大きな問題になっていなかったが、米国ではデジタル化が先行していたので営業的にも厳しい局面を迎えることになった。
(2)原因は変調された500MHz~900MHz帯のワイヤレス高周波がラべリアマイクロホン本体に飛びつき非線形部分で検波されノイズ音声信号となるものと考えられる。
(3)ラべリアマイクロホンと一緒に使われることが多いのはベルトパック式送信機であるが、構造上送信アンテナとマイク入力が近い上に、使い方も乱暴でマイクを送信アンテナにグルグル巻きしてインタビューマイクに使うこともある。
(4)現象は「シュルシュル」、「サ-」、ひどい場合は「AM放送の同調がずれたような音」。いくら音の良いマイクロホンですと言ってもノイズを出すようだと現場で使い物にならない。
(5)解決には時間がかかったがワイヤレスメーカーの協力も得ながらRFI妨害に非常に強い対策が、定評ある音質は変えずにできた。対策方法は緻密な作業を伴うものである。
(6)図5に効果のグラフを示す。横軸は周波数、縦軸はマイクからの音声出力である。本来マイクから音声信号がはいらなければ出力はないはずだが、変調された強力な高周波を近づけると音声信号が出力される。改善前に比べ対策の効果は絶大である。


(注記)COS-11Xは改善前、COS-11Dは改善後
【図5】妨害電波の改善効果

4. 商品展開


【図6】商品展開

図6の商品展開を元に代表モデルを紹介する。

[*1] COS-11D PT(Pig Tail)

基本となるモデルでケーブルは先バラ。先端は黒・白・シールドの3本線で内部回路は次の通り。
通常は3線式配線と2線式配線と呼ばれる方式で使う。


【図7】内部回路

3線式配線

FETのソースから信号を取り出すので出力インピーダンスが低く外来ノイズに強い。主に日本の放送局で使われることが多い。


【図8】3線式配線

2線式配線

FETのドレインから信号を取り出すために出力インピーダンスは高くなるが、単芯シールド線で接続できることやFETでゲインを稼ぐことができ手軽に使えるので使用用途は多い。海外ワイヤレスメーカーは2線式を採用しているところが多い。3.5mmフォノジャックを持つ民生用ハンディレコーダーのプラグインパワーはこの方式。


【図9】2線式配線

[*2] COS-11D

ファンタム48V対応モデルで、信号は電源部を通りバランス出力。
マイク出力に4Pワイヤレスレセプタクルコネクターを付けたCOS-11DRCがSONY用とRAMSA用にそれぞれ用意されている。ワイヤレス送信機に直接接続したり、有線で48Vでも使いたいときに便利。

[*3] COS-11D BP

ファンタム電源または内蔵した単3乾電池1本でも動作。出力は疑似平衡で感度はCOS-11Dに比べ9.4dB低い。

[*4] COS-11D R

ワイヤレスメーカー各社に対応するコネクター付きの商品でHIROSE 4P、Lemo、ミニキャノン、3.5mmフォノプラグなどを取り付け、SONY、RAMSA、Sennheiser、SHURE、Lectrosonics、ZAXCOMなど多くの国内外のワイヤレスメーカーに対応。

[*5] COS-22

COS-11と同じカプセルを独立に2個内蔵したマイクロホン。万が一マイクカプセルや信号線に故障が発生した場合でも、もう一つのマイクカプセルに切り換えて被害を少なくできる。

[*6] COS-11D HWM

COS-11Dのカプセルを使ったヘッドウォーンマイクロホン(ハンズフリー)。高音質を生かしたマイクロホンで、ベージュ色とココア色を用意しステンレスパイプを使った軽量モデル。

5. まとめ

マイクロホン専業メーカーとしてプロの使用に耐える良い商品を発売し、その後も市場の要求に応えながら基本は変えずに対応を続けてきたことがアカデミー科学工学賞受賞という形で評価されたものと考えている。今後もユニークでプロ・業務用に使用される息の長い商品を提供していきたい。

執筆者プロフィール

盛田 章(もりた あきら)
1977年熊本大学大学院電子工学専攻修了。同年NHK入局。岡山放送局を経て、1981年NHK総合技術研究所に異動し、音響機器の研究に従事。2010年NHK退職。同年、三研マイクロホン㈱に入社しマイクロホンの開発に従事、現在に至る。日本音響学会会員
千葉 裕(ちば ゆたか)
1971年茨城大学工学部電子工学科卒業。同年日本ビクター㈱入社。プロ・業務用映像機器や音響機器の開発設計に従事。2007年日本ビクター退職。同年三研マイクロホン㈱に入社しマイクロホンの開発設計に従事し現在に至る。
金子 孝(かねこ たかし)
1980年電気通信大学電子工学科卒、同年NEC入社。半導体集積回路の開発、応用技術に従事。2012年ルネサスエレクトロニクス退職。翌年、三研マイクロホン(株)に入社しマイクロホンの開発に従事、現在に至る。
三研マイクロホン株式会社
https://sanken-mic.com/index.cfm