2021spring

連載:思い出のオーディオ Vol.2

一般社団法人日本オーディオ協会会長小川 理子

2021年の新年度に入りました。前回のエッセイは寒中お見舞いのご挨拶とともに、緊急事態宣言発動時期でのご留意を冒頭にさせていただきました。その後コロナ変異株の影響で感染者数も増加し、まん延防止等重点措置も実施されており、穏やかに春到来のご挨拶をさせていただけるような状況ではございません。皆様方にはくれぐれもご自愛くださり、安全安心第一で日々お過ごしいただきますことを祈るばかりです。

さて、前回の思い出のオーディオでは、私の幼少期から青春期にかけては、レコードとカセットテープで専ら音楽を楽しんでいたと書かせていただきました。今回は、初めてのお給料で買ったオーディオの話です。私が会社に入社した1986年は、ちょうどアナログからデジタルへの転換期でした。大学時代に一足早く、バンドでシンセサイザーを演奏したりしてデジタル音楽の洗礼を受けていましたが、1982年にソニーから世界初のCDが発売され、本格的なデジタル時代に突入していきました。私が入社時に配属された松下電器(現パナソニック)の音響研究所には、立派なスタジオや試聴室があり、学生時代には見たこともないような立派な録音設備、ミキシングコンソール、マイクロフォン、スピーカー、アンプ、などなどがズラッと装備されており、見ているだけでも毎日ワクワクする日々でした。当時は、午前8時始業でしたので、私は朝6時半頃に出社して、上司や先輩が出社されるまでに部屋の清掃をして、始業までの残りの時間を試聴室での試聴時間に充てることにしました。この毎日音楽を聴く習慣をつける、というのは、その当時の研究所長から教わりました。そのときに使っていたのがCDプレーヤーです。まだ自宅にはCDプレーヤーがなく、「よおし!初めてのお給料でCDプレーヤーを買おう!」と心に決めて、私が当時担当させていただいていたハイファイオーディオ事業であるテクニクスのCDプレーヤーを購入しました。

会社でも家でも、アナログレコードと違って簡単便利で扱いやすいこの新しいメディアで、次々といろんなジャンルの音楽を聴きました。ノイズもなく、なんだかくっきり爽やかな音質に新鮮さを感じていましたが、その頃、オーディオ評論家の先生方からは、「なぜデジタルの音は悪いのか?」という辛口の評論も出ており、新入社員ながらに、アナログとデジタルの音の違いとはどういうことか、いい音とは何か、という本質的な課題を自らに問いかけて、先輩や同僚と熱心に議論を交わし、朝早くから晩遅くまで本当に面白く探求心の尽きない日々を過ごしていました。

毎日いろんな音源を聴くうちに、録音によっても音が全く違うのだ、ということにも気づき始めました。そんな時に、アメリカ松下電器の会長から、音響研究所長あてに1件の依頼が届きました。当時ニューヨークの室内管弦楽団に、高原守さんという日本人の指揮者がいらっしゃり、アメリカ松下電器でその楽団のコンサートを毎年協賛していましたが、今度その楽団が日本ツアーに行くことになったので、日本で支援してもらえないか、ついては、その指揮者が今度日本に行くので、会って話を聞いてもらえないか、という内容でした。私は音響研究所長から、「指揮者の方を、大阪空港まで迎えに行ってほしい、中年の男性が迎えに行くより、新入社員の女性が行った方が日本の印象もいいだろうし、小川さんは音楽が好きでピアノも弾くし、何かと話も合うだろうから、迎えに行って来てくれ」と命じられました。アメリカからの指揮者というので、どんな怖い先生がいらっしゃるのかとドキドキしながらお待ちしていたら、出てこられたのは、小柄で童顔のニコニコと笑顔の絶えない方で、ホッと一安心し、会社までの車の中で、いろいろと音楽に関することを親しく話をさせていただきました。

音響研究所では、指揮者の高原さんと所長との間で話が盛り上がり、アメリカの楽団がちょうど本国でシーズンオフになる夏、1988年日本ツアーに微力ながらご支援をすることとなりました。高原さんは「音の研究をなさっているのなら、僕たちの楽団を実験的に収録していただいて構いませんよ」と、非常に気軽に所長におっしゃいました。そのお言葉に甘えて、何と、まだ入社して2年目の私と、もう一人の同期の同僚と二人で、ゼロから、収音と再生の関係性について、実際の楽団を対象として勉強させていただくことになったのです。ここからが珍道中の始まりでした。B&Kのマイクロフォンは日々実験室の測定で使っているものの、実際にホールで生オケの音を収録するとしたら、どういう特性のものを、どういう組み合わせで使えばいいのか、本当にゼロからの試行錯誤でした。このニューヨークの楽団は、日本の様々な企業や団体の協賛を受けて日本全国をツアーしており、コンサートホールだけでなく、市民会館、大学講堂、神社、会社のロビー、駅などの公共空間と、様々な空間で演奏をしていました。また、コンサートホールといっても、シューボックスからワインヤード、収容人数も500名程度から2000名程度と、様々なケースを経験させていただくことができました。こんなふうに、CDからスタートした私の音質探求、オーディオ探求はどんどんと深まっていくのです。続きは次の号でご紹介します。