2024winter

イトーキ本社ショールーム
(ITOKI TOKYO XORK)訪問記

日本オーディオ協会 専務理事 末永信一

私・末永がソニー在職中に同僚だった長尾和芳氏が、株式会社イトーキの常務執行役員スマートオフィス商品開発本部本部長に就任したということで、異業種交流として会話をしていると、イトーキを始めとするオフィス家具業界では、コロナ禍以降、今まさにオフィスにおける音への対応が真剣に検討されているとのことで、これはオーディオ界隈におけるルームチューニングへのアプローチと相通じるところがあると感じました。イトーキの本社オフィス兼ショールーム(ITOKI TOKYO XORK、以下XORK)を見学させていただいたので、そこで感じ取ったことをご紹介したいと思います。

ショールームの名前となっているXORK(ゾーク)とは、WORKの一歩先を行く働き方を考えて命名された造語とのこと。ショールームでありながら、本当にここで社員の皆さんが働いているそのままの姿を見せてくれるという画期的な試みがされており、自ら働きやすい環境構築のため、実証実験しているとのことでした。

写真撮影は禁止されていたので、イトーキから提供された写真を使って説明しています。一部、別途ピクシーダストテクノロジーズ社から取材した内容を含みます。

背景

コロナ禍を通じて、誰もがリモート会議システムを使うようになりました。ワーケーションといった新しい言葉が生まれたように、働く場所を本当にフリーにする変化も起きました。昨今、平穏な日々が戻ってきても、従来のように働く人全員分の机が並んでいたオフィス環境から、フリーアドレス制が導入されるなど、働き方だけでなくオフィス自体も大きく変わりつつあります。

今回訪ねたXORKは、働き方の中に存在する様々なシーンに合わせたオフィスのスタイルを提案するというコンセプトで構成されており、これはABW(Activity Based Working)という考え方に基づいているとのこと。「個人で集中作業を行う」「少人数で対話する」「みんなで情報を共有する、あるいはアイデアを出し合う」などの活動に応じて、最も生産性が高く働ける場所、時間、相手を自らが選択する働き方という紹介がされました。働く一日のシーンを因数分解したら、こうなったと説明を受けた時には、非常に納得のいくそのイメージが理解できました。

XORKでは、「10の活動」として最適化されたスペース(専門作業を除く)が紹介されていましたが、それぞれにバリエーションがあるため、かなりの数の紹介事例がありました。XORKの詳細は、以下のホームページを参照いただくとして、ここでは特に、オーディオ・ビジュアルの観点から興味を引いたアイテムについて報告したいと思います。


https://www.itoki.jp/xork/

会議室 その1

最初に、最も分かりやすいシーンとして、会議室の類を紹介します。会議室の用途としては、「アイデア出し」「情報整理」「知識共有」といったキーワードに基づいて、会議室の中のレイアウトや什器・備品が紹介されていました。

まず目立つのが、どの会議室にも大きなガラスの面があり、昨今のニーズとしてハラスメント対策のために会議室の外から会議室の中が見えるようになっているとのこと。もちろん秘密事項の配慮のため、場所によってはレースのカーテンが用意はされていたりするものの、中の様子は見え、まったく見えなくするということはされていませんでした。

こうなると、ガラス面により音が反射しやすいという問題が生じます。壁や床の素材によって音対策もされていましたが、積極的な音の解決策として、ピクシーダストテクノロジーズ社とイトーキが共同開発した、音響メタマテリアル技術を活用したガラスに貼れる透明な吸音パネルの導入事例が紹介されていました。

人の声に多く含まれる500~1000Hzの周波数帯を吸音することに特化しているとのこと。透明度の高いポリカーボネート素材で出来た革新的な吸音パネル[製品名:iwasemi HX-α *]は、適度な目隠し機能も持たせながら先ほども述べた外から中が見えるという点で邪魔にならないだけでなく、インテリアとしての機能も果たしており、今後の展開が楽しみな製品と言えると思います。

この音響メタマテリアル技術とは、面白い技術で、音を吸収する素材は色々と想像が付くかと思いますが、音響メタマテリアル技術のアプローチは素材の選択自由度と加工自由度が高く、音響課題の解決策の幅が広がるという点が興味深いところです。

例えば、よく音を吸収することで有名なウレタン素材の場合、素材由来の微細な孔によって、周波数が高くなるにつれて吸音率が上がるという特性を持つ一方で、低域を吸音するには相当な厚みが必要になるとのこと。音響メタマテリアル技術であるiwasemiでは、狙った音域の吸音性能に合わせた孔のサイズを取り揃えることで、オフィス環境にマッチした吸音性を高めたり、薄型化したりする設計がなされているそうです。


ウレタン素材の場合


音響メタマテリアルiwasemi™ HX-αの場合

*iwasemi HX-αはピクシーダストテクノロジーズ株式会社と株式会社イトーキの共同開発品です。
*iwasemi及び関連するロゴは、ピクシーダストテクノロジーズ株式会社の商標又は登録商標です。

会議室 その2

コロナ禍も明け、リモート会議システムを使ったバーチャルな会議に加えて、会議室にも人が集まるというリアルな会議とを同時進行で行うハイブリッドな会議スタイルが求められる時代がやってきました。

よくある手段として、会議室に集まった人は、スピーカーフォンをパソコンにつないで、これに向かってみんながしゃべるという方法がありますが、人数が増えてくると、声が届きにくいといった難しさがあります。

実は、オーディオ協会も早い段階で、この声が届かない問題に悩まされ、グースネックマイクを数本、ミキサー機能を持つオーディオインターフェースにつないで、個々の出席者の声がネットに乗る仕組みを作りました。

同様なシステム提案が各社からされていますが、XORKにはリアルな会議にリモート会議を足すというよりは、リモート会議に馴染むリアル会議メンバーの配置も意識されており、出席者の声を集める仕組みだけでなく会議の一体感を重要視した配慮が見られました。これは非常に大事な観点だと思いました。

例えば、奥行き方向に人をレイアウトするのではなく、カメラやスクリーンの画角が横長であることから、横方向に人をレイアウトする工夫が施されたサウナのような階段状の座席のレイアウトがあったり、円形に座るレイアウトがあったり、色々な工夫が見られました。

オープンなスペース

会議室を使うほどではない数名の会議用に、ファミレスのボックス席のようなソファ[製品名:sound sofa]があったり、キリンを模したようなテーブル[製品名:sound parasol]があったり、といった提案もされていました。

どちらもリモート会議を行うことを意識して設計されたものでありますが、ボックス型ソファの場合、頭の後方位置に指向性スピーカーが複数配置されており、座席に座るとしっかり聞こえ、席から離れるとほとんど音が聞こえないほど音の広がりや音量がコントロールされていました。また、テーブル中央の指向性マイクでオフィス側の音声も最適な音量で届き、リモート側にとっても快適に使用できる配慮がされていました。

一方で、キリンの頭の部分には、音の広がる範囲を絞ったビームフォーミングスピーカーが配置されており、こちらも会議スペースの外に音が出ていかない工夫がされていました。つまり、オープンなところにある会議スペースであるにも関わらず、座っている人にはクリアに聞こえ、周囲の人たちにあまり迷惑を掛けない配慮が見られました。

他にも、フエルト地の(ような?)布でできた間仕切りがあったり、パーテーションにもクッション性のある布が貼ってあったり、目立たないけれども雑音を吸収する配慮が随所に施されていました。

床は、カーペットが使われて音を消し込む領域や、フローリングで音がある程度反響する領域などがあり、このコントラストを体験すると、どこもデッドな空間がいいわけではないのだということが分かりました。また、光についても同様で、多少照度を落として物事に集中することを目的とした空間もあれば、明るい、特に外から採光している空間もあって、働くことにストレスを感じさせないアイデアが微に入り細に入り施されていることが分かりました。

雑感

居心地の良さがデザインされた空間というだけに、音だけでなく、光の取入れ方であったり、木材を多用したスペースや部屋のトーンを決める色であったり、様々な工夫を感じるXORKでした。

集中して仕事をしたい時に使う領域は、寒色系の空間が用意されていて、会話は禁止されており、邪魔が入らないようオフィスの一番端に位置している一方で、共同作業をするコワークエリアは、暖色系の空間が用意されていて、会話を中心とした仕事をすることを鑑み、メンバーのタッチポイントを増やすためオフィスの中央付近に位置していたり、対話エリアは、リラックス効果を狙って、木漏れ日が入るようになっていたり、アクセントとして観葉植物があったり、気持ちに沿ったレイアウトやコントラストが施され、快適に仕事ができる気持ちにさせてくれる、本当に羨ましいそれぞれの空間でした。

社員の皆さんは、XORKのどこで仕事をしようと自由だそうで、誰がどこにいるのかは、300以上あるビーコンが検知しているので、正確にその位置が分かるようになっているため、顔を合わせて話をする必要があったら、位置を確認して会いに行くのだそうです。最新の電子情報機器を用いたデータの共有であったり、確認作業であったり、それはそれは近未来な職場が完成しており、ただただ感心するのでありました。まだまだ感激した内容はたくさんあるのですが、この記事を読んでいただいている皆さんが、このショールームに足を運ばれた時の楽しみのために、残しておこうと思います。

最後になりますが、XORKを見学させていただきましたイトーキの皆様に感謝申し上げます。

執筆者プロフィール

末永信一(すえなが しんいち)
1960年、福岡市生まれ
2019年、ソニー株式会社退社
2020年6月より、日本オーディオ協会専務理事に就任