2024winter

機能とデザインを両立する音響パネル「Artnovion」導入レポート

株式会社エミライ ホームオーディオ統括
 村上遼

株式会社エミライでは、2023年10月よりArtnovion の音響パネル製品の取り扱いを開始しました。Artnovionはポルトガルに本拠を構え、プロオーディオ、住宅、建築用途の音響設計を提供する、音響建築のプロフェッショナル集団です。音響パネル製品の設計・製造だけでなく、測定からシミュレーション、空間デザインまでをワンストップで提供できる非常にユニークな企業で、簡易的なシミュレーションアプリも配信しています。

海外においては数多くの導入実績があり、個人宅からレストラン、アリーナ、国会議事堂、著名スピーカーブランドBowers&Wilkins英国本社のリスニングルームでの採用など枚挙にいとまがありません。


Bowers & Wilkins Headquarters
Listening Room UK


Listening Room | AudioXperience

日本では、吸音タイプの「Andrea」、吸音・拡散タイプの「Siena W」、低域吸音の「Siena W Bass Trap」の3種類をスタンドセットとして商品展開するほか、専門店でのインストールでは5000種類を超える組み合わせから最適な特性・仕上げをお選びいただけ、比類のない豊富な選択肢を提供しています。

Artnovionホームページ:https://artnovion-acoustics.jp


「Andrea」の吸音特性


「Siena W」の吸音特性

この度、同社製品を日本オーディオ協会の大会議室においても導入していただくことができ、高い評価を頂きましたことから、導入検討から実使用に至るまでの状況について、ここにご報告いたします。

OTOTENでの展示

弊社において、OTOTEN2023 の出展を検討している際、日本オーディオ協会の末永専務理事(以下、末永氏)に、このパネルをご紹介させていただきました。「デザインやカラーバリエーションの美しさに惹かれるし、部屋の印象を考慮して選択できることもいいですね!」と好評価を頂き、オシャレなオーディオルームをイメージさせるような展示をOTOTENで是非やって下さいと仰っていただきました。

OTOTEN2023では、B1Fの特設ブースコーナーにて、Artnovion本社のデザインチームによる協力のもと、リビングルームを意識した展示と、テレワークのできるデスクトップオーディオ環境を意識したブースを構築し、多くの来場者の方にご好評を頂くことができました。


OTOTEN2023 エミライブース

OTOTEN2023が盛況のうちに終わり、末永氏からも「OTOTENで展示されていた様子から、十分に実力は把握できました」とのコメントを頂きましたので、今一度Artnovionのご紹介に上がり、また弊社がB2B向けに提供する音響コンサルティングサービスをご提案し、導入する本数や設置方法を検討していただくことになりました。

この音響コンサルティングサービスとは、音響建築の専門家である空音舎一級建築士事務所の田中 渚さん(以下、田中氏)に音響特性の実地測定とリスニングテストを実施していただいて、設置枚数や設置場所を的確にご提案するものです。

田中氏は音響建築の世界で長年キャリアを積まれ、現在はご自身の建築事務所である空音者一級建築士事務所にて、ミュージシャンやオーディオファイルの新築・リフォームを数多く手掛けられております。弊社がArtnovionを日本国内で導入するにあたり、田中氏にご相談をしていく中で意気投合し、弊社との業務提携が実現しました。

田中氏「最初にArtnovionを知った時の第一印象としては、デザイン製が良いことと、パネルがモジュール形式となっていて、付け外しや種類の変更が容易にでき、後日の調整がしやすい点が大変良いと感じました。また、機能面で言うと、一般的な音響調整であれば響きが過多な部屋を吸音材で調整していくパターンが多いのですが、ArtnovionのSiena Wを使用した際には心地よい響きが付加されて、楽器の演奏がしやすくなることも印象的です。響く部屋を吸音するのは簡単ですが、響きが少ない部屋に響きを増すのは大変難しいので、これがこのブランドの魅力の一つだと感じました」

日本オーディオ協会の大会議室について


会議スタイルに机や椅子を並べたレイアウト
左側面のガラス窓の音の反射や、左右のバランスが気になっていたとのこと

日本オーディオ協会でArtnovionの導入を検討された大会議室は、コロナ禍以前は、多い時には20人以上の人が集まってきて会議やセミナーをする部屋だったそうですが、最近は会議をオンラインでやることがメインになり、このスペースをドルビーアトモスなどの 3Dオーディオが体験できる様にホームシアター化させるべく、機材の調達や設置をしたとのこと。

また、いくら会議がオンラインをメインとする時代であっても、リアルな会議が無くなったわけではなく、更にはウェビナーを開催する際には、配信スタジオとしても活用される空間にもなることから、壁面に取り付けて固定するのではなく、可搬性のあるスタンドセットのご提案をいたしました。

具体的には、幅5m、奥行き8m、天井高2.5mの空間で、本格的な試聴室というイメージにするのではなく、ここに来た人が、「将来、こんな部屋を持ちたいな」と思えるような、そんな空間にしたいというコンセプトのもと、すでに中央には120インチのスクリーンが設置され、5.1.2chのオーディオシステムが組まれていました。


図1. 日本オーディオ協会 大会議室のスケール

この会議室には正面に向かって左側に大きなガラス窓があって、音の反射が気になると同時に、部屋の左右のバランスが気になっていたとのことでした。

田中氏による測定

測定当日は2時間という限られた時間の中で効率よく導入の検討を行うために、複数台のサンプルを持ち込み、設置の有無による試聴を繰り返して、最も効果的な配置を見出すことがゴールとなりました。

まずは、この部屋の素の状態で、どんな音の空間であるのかの確認を行います。この部屋でよく再生するリファレンス楽曲を数曲再生し、その中から田中氏が経験的にピアノ曲が分かりやすいとのことから、Bill Evansの「Laurie」を基準とすることにしました。

末永氏によると、最初に10人足らずのお客さんの拍手があり、演奏している会場の広さが分かって、またピアノ、ベース、ドラムスの位置が良く分かる曲という点でリファレンスにされているとのことでした。

田中氏の最初の印象としては、空間が広いこともあり、ややデッドめで大人しいという印象だったようです。その後、実際の測定に入っていきます。試聴ポイントをベースに測定点を決め、部屋の残響特性を測りました。測定はPCの音響測定のアプリケーションを利用し、センタースピーカーの位置に音源となる小型のスピーカーを置き、図2のオレンジの丸の6ポイントについて、マイクを設置し測定を行いました。


図2. 6箇所の測定ポイント


図3. 大会議室の音響特性(素の状態)

次に、田中氏が気になるところに音響パネル(Siena W 及び Andrea)を置き、同様の測定をすると共に、CD再生をして、音の違いを確認していきます。部屋には角があったり、扉があったりと、どうしても音の反射吸収が一様ではないので、peak/dipが出てしまうようでしたが、パネルの置き方によって、音質改善が見られる箇所、効果が出にくい箇所が明らかになっていきます。

最も効果が高かったのは、左右のスピーカーの間にSiena Wを置くこと。これはピアノの音像がくっきりするだけでなく、響きもリアルになり、驚くほどの違いが感じられました。もう一つはスピーカーの背面にSiena Wを置くこと。こちらは演奏している空間の大きさを明確に把握できるようになりました。

この日は、時間の制約やパネルの枚数の制約があったため、さらに確実な効果を得るために、後日の末永氏に追加実験をしていただくこととなりました。

末永氏による追加実験のレポート

Case0:大会議室にあった机や椅子などの備品をすべて取り払い、素の状態の音を確認。
曲は同じ Bill Evansの「Laurie」。

Case1:全体を遮光カーテンで覆う。特に音に影響した感じはしない。

Case2:左右のスピーカーの間に、Siena Wを置く。
しっかりと音が前に出てくる様子が伺える。ピアノの細かな音が聞こえやすくなった。高さ方向の音像も良くなった。

Case3:左右のスピーカーの後ろに、Siena Wを置く。
部屋の大きさが分かりやすくなった。左右に抜けていた音が、明確なリバーブを感じさせるようになった。

Case4:左スピーカーの一次反射の位置に、Siena Wを置く。
音が華やかになる。Sienaを立てる位置に寄って音が変わるのだが、どの位置がいいかは、甲乙つけがたい。

Case5:ここまでいい感じに音がグレードアップしたが、試しに左右のスピーカーの後ろに吸収型のAndreaを置いたところ、音が沈む感じで、あまり好ましくない。

Case6:左側面に吸収型のAndreaを設置。
マルチチャンネル再生時に欲しいデッドな感じがなかなかいい。

Case7:後ろ方向の空間が大きいため、背面にパネルを置くことをいくつかやってみたが、部屋の角の影響を抑えるのが良さそうであった。壁面から少し離してAndreaを置くことで引き締まった音になった。

以上の入念な設置検討を実施していただいた結果、Siena WスタンドセットならびにAndreaスタンドセットによって、音質の改善のみならず、高いデザイン製と可搬性により、この会議室の使用目的である多様なニーズにも対応ができるという観点から正式に導入を決定していただくこととなりました。

さらに、Artnovionの大きな特徴である豊富なデザインからお好みの仕様を選択できる点も、導入にあたってのポイントとなりました。サンプルでは、SienaWは明るめのオーク仕上げ、Andereaはブラックファブリック仕上げでしたが、末永氏によってSienaWはグラファイトブラック仕上げ、Andreaはボトルグリーン仕上げという製品仕様にてご発注いただくことになりました。

Siena Wは、塗装の仕上げが7種類、木目の仕上げが7種類の計14種類、Andreaは生地の色味を24種類からお選びいただけます。さらにスタンドもブラック/ホワイトの2色から選択可能です。

導入後に実施された田中氏と末永氏との対談の模様

納品設置が完了したのち、音響の確認と今回の導入にあたっての意見交換を行う場を設けることにいたしました。


田中氏と末永氏との対談

Q:設置完了しての第一印象はいかがでしょうか?

末永氏「まず見た目については想定したとおりの仕上がりになりました。フロントに配置されるグラファイトブラックのSiena Wは映像コンテンツを再生する際にも目立ちませんし、全て黒色だと味気ないなと思いチョイスしたボトルグリーンのAndreaは落ち着いた大人な色味で満足しています」
田中氏「サンプルのウッドも悪くない色味でしたが、この部屋にはこちらの選択で大正解ですね!」

Q:測定時に聴いた楽曲でリスニングテストをした感想はいかがでしょうか?

田中氏「狙い通りですが、ピアノの音の質感や、残響から会場の広さがしっかりと感じられるようになりました。実はこの部屋は設置の機器に対しては結構広くて、何も対策しない状態だとライブハウスがコンサートホールのように広く感じられてしまう点が気になっていたのですが、Siena Wを配置したことで適切な反射が得られ、空気感や定位感が大きく改善したと思います」
末永氏「設置箇所はいろいろ試行錯誤で微調整しました。気軽に動かせる点もありがたいですね」
田中氏「測定では残響時間を測っていましたが、測定と聴感の違いが出ることは、実際の現場ではよくあります。残響時間は沢山の要素のうちの一つであり、部屋の大きさや素材によって測定結果は変わってきます。一例として紹介すると、ホールの残響時間1秒と、お風呂での残響時間1秒は全く聞こえ方が異なるのは想像いただけると思います。残響時間以外にも、我々は多くの要素を加味して音響空間の設計を行なっています」
末永氏「田中さんに提案していただいたフロントの下部に配置した2枚のパネルは効きましたね」
田中氏「最後は知識と経験を元に、環境に合わせて最適な調整を行なっていくことになります。提案を気に入っていただけて何よりでした。実際の現場でもよくあるのですが、響きのありすぎる部屋で響きを減らすのはいろいろな手段がありますが、響いていない部屋を適切に響かせるのはかなり難しいんです。その点では、音を調整しつつ適切な反射をしてくれるSiena Wは非常に効果的なパネルだと思います」


仕上がりを試聴する田中氏

Q:昨今ではルームチューニングの動きが活発化していると伺いましたが、それについていかがでしょうか?

末永氏「コロナ禍の影響で、巣ごもり需要やオンライン会議が一般化したことで、住環境における音響意識が高まっており、オーディオ用途だけに限らない様々なルームチューニングアイテムが登場してきています。今回のArtnovionの導入にあたっても、様々なメーカーのお話を伺い、検討しました。
また、パネルをいろいろ動かして調整していく作業はけっこう楽しかったです!協会に出入りしている特に若い人たちにも、いろいろ動かして音の違いを体験してもらうこともできますから、動かせることは大きなメリットです。
これまでも基本的な対策はやってきましたが、部屋の環境改善については、まだまだ可能性があると思っています。その一方で、音響のプロである田中さんのお話を聞いていると、一般のユーザーには知られていない世界があるんだなと感じました。協会としてもルームチューニングの動向は目が離せないですね」


話が尽きないお二人

Q:ユーザーに向けてご自身の環境でのアドバイスはなにかありますか?

田中氏「音響と言っても、人によって感じ方が異なります。あくまで一つの要素ですが『最適残響時間』というものがあります。最適な残響時間は部屋の大きさと用途によって変わってくるのですが、例えばスマホアプリなどで簡易的に測ってもらって、いまご自身の部屋がライブ寄りなのかデッド寄りなのかを意識することができます。
残響が多い場合にはぬいぐるみやクッションをいくつか部屋に入れるだけでも、調整できたりもします。ただ、一般的なご家庭は家具も入り残響は少ないことが多いため、どうやって適切な残響にしていくかはノウハウが必要です。その点Artnovionならパネルの差し替えが可能なので、調整が容易にできますね」

まとめ

日本オーディオ協会の末永氏から当初「この部屋を、音が楽しめる場として活用していきたい」とお声掛けを頂いてから、長い時間をかけてトライアンドエラーを繰り返し、弊社の取扱商材であるArtnovionをお選びいただけたことを大変ありがたく感じております。

音の違いもさることながら、音響建築の専門家である田中氏による音響コンサルティングや、部屋のイメージを決定づけるデザイン性やインテリア性にも高く共感していただきました。

「オーディオの音は部屋の反射が7割」という言葉もあるなかで、賃貸住宅であったり、リビングのような共用空間でオーディオやシアターシステムを組まれているお客様も多くいらっしゃいます。音を良くしたいという希望があっても、そのために部屋を大改造するというのはなかなか出来ないというなかで、壁面またはスタンドシステムの異なる設置方法や、インテリアや家具に合わせたデザインを選択可能なArtnovionは、ルームチューニングにお困りのお客様に対して、問題解決の一助になるものと確信しております。

今回の実践レポートを通じて、皆様の音環境の改善に何かしらの参考になれば幸いです。

執筆者プロフィール

村上遼(むらかみ りょう)
1988年生まれ。幼少期よりピアノを学び、日本大学藝術学部音楽学科情報音楽コース卒業。2011〜2013年まで大手通信社にてオーディオ雑誌の編集者として勤務した後、2013~2020年までオーディオ輸入商社に勤務。2021年より(株)エミライ ホームオーディオ統括。

音響コンサルタント

田中渚(たなか なぎさ)
1982年生まれ。3歳よりピアノ、10歳よりチェロとオーケストラを始める。東北大学卒業建築専攻、神戸大学大学院修了 建築音響専攻。
2010年、一級建築士取得。音響設計会社に勤務し、レコーディングスタジオ、コンサートホールの設計に携わる。
2015年、空音舎一級建築士事務所を設立し、「音楽とともに暮らす空間づくり」を自ら実践中。