2023winter

トーンアームの魅力

サエクコマース株式会社
代表取締役 北澤慶太

概要

私たちサエクは、2019年に約40年ぶりにダブルナイフエッジ式トーンアームを復活させ、高い評価を受ける事が出来ました。今回はそのトーンアーム「WE-4700」を復活させる中で、トーンアームについて学び直し、トーンアームの魅力を再認識する事ができましたので、その魅力についてお伝えしたいと思います。

トーンアームとは?

トーンアームって何ですか?とオーディオに詳しくない方に聞かれた際に「レコード針が先の方に付いている棒みたいな物です」とお話しすると、たいがいの方は「ああ、あれですね!」と理解してくれます。最近、レコードを聴く若い人たちも増え、少しこだわったことをする人達は、カートリッジを変えてみたり、フォノイコライザーを変えてみたりして楽しんでおられますが、それに比べるとトーンアームはまだ存在感が薄いというか、ただの棒だと思われているのかもしれません。そこに光を当てるかのように、飲み友達でもある日本オーディオ協会の末永専務理事から「トーンアームのこと書いてよ!」と頼まれた時には、「え?」と思いましたが、とてもいい機会をいただいたと感謝しています。

さて、このトーンアームという装置、実はいろいろな形のものが存在します。S字型のもの、J字型のもの、真っ直ぐなもの、なかには関節がたくさんあるものもあります。そのどれもこれもがレコードをきちんと再生するために考え出された形になっています。逆に捉えると、レコード再生にはそれだけさまざまなアプローチがあるということです。なぜならレコードは丸いから。


アームの形状の色々

丸いレコードは、ベルリーナが1887年に発明した「グラモフォン」を起源とし、その時から、回転している丸いレコードに針を接触させながら音を拾いつつ、溝をなぞるという点では、今も同じことをしています。あの小さな針先一つでレコードに刻まれた音の信号を振動として捉え、これを電気信号に変えつつ、スパイラルに掘られた溝をなぞって外側から内側へと再生していくのですから、その針先に掛かる力は、強過ぎず、弱過ぎず、いいバランスでレコードと接触させなければなりません。もちろん、こういったことによって、音質が大きく変わってきますので、トーンアームについても興味を持っていただき、選ぶ楽しさを覚えていただければ幸いです。

どうしてトーンアーム方式?

トーンアームはただの棒のように見えて、レコード針をバランスよく支えるという大事な機能を果たしています。なので、実は棒の部分だけでなく、トーンアーム全体をみると非常に複雑な機構を持ち、トーンアームを設計する人たちは、どうやって針を安定した状態で支えたら良いか、一生懸命に考え、いろんなチャレンジをしてきているのです。

ではまずトーンアームの説明に入る前に、レコード盤はどうやって作られているのかを説明します。レコード盤の元となるラッカー盤に溝を彫っていく溝彫装置(カッティングマシン)は、ラッカー盤を回転させながら半径方向に外側から内側に一直線に進むように動きます。この溝彫装置の移動量が統一規格になっていたらレコード再生はもう少し楽に行えたかもしれませんが、溝彫装置の移動量は楽曲の長さ等に応じて、カッティングエンジニアがそれぞれに決めるため、これも再生をする際に苦労が伴うことになるのです。

こうして出来たラッカー盤にメッキを施したり、いくつかの工程を経て、スタンパーという型を作り、これに塩化ビニールをプレスしてレコード盤が完成します。こうしてラッカー盤に刻まれた音の情報がレコード盤に転写されていくことになります。


カッティングマシンのイメージ

一方で、レコードを再生することを考えてみましょう。溝彫装置(カッティングマシン)がレコード盤の元であるラッカー盤に溝を彫っていくのと同じように、再生する際もレコード盤の半径方向に対してレコード針が外側から内側に一直線に進めば、一番理想的と思いますよね。この方式ならレコード針の先は常にレコードの溝に対して直角に針を当てることが出来るからです。この方式(リニアトラッキング)にこだわって作られた製品も世の中には存在します。ただし、この方式は機器が大きくなったり、いろいろな工夫が必要であったり、価格も高価になりがちです。それでは、どうしたら再生に適した装置を作れるでしょうか。そうです!みなさんがよく目にするトーンアームの方式になっていくわけです。

トーンアームに課せられる課題

ここでトーンアームに課せられる3つの課題について述べたいと思います。針先角度、左右バランス、回転軸方式のそれぞれについて説明します。これらの言葉は、私の言葉であって、一般用語ではないかもしれません。ご了承ください。

先ほども述べたように、レコードプレーヤーとしては、レコード針を半径方向に一直線に動かすわけではなく、トーンアームの先にレコード針がある状態なので、針の動きは直線の動きではなく車のワイパーのように円弧に動きます。そのためレコード針の針先角度は、常にレコード盤の半径方向と直角という状態を保てないのです。そこでレコード針が取り付くトーンアームの先の方を曲げて、できるだけレコード針がレコード盤の半径方向と直角に近い状態で交わるようにしようとします。この針先角度をつけるために、棒をS字型に曲げたり、J字型に曲げたりするのでいろいろな形が登場してきます。

次にトーンアーム自体の左右バランスについても考えなくてはなりません。先ほどレコード針がレコード盤の半径方向と直角に近い状態で交わるように棒をS字型に曲げたり、J字型に曲げたりすると言いましたが、S字型やJ字型に曲げても、トーンアームは左右でバランスする必要があり、アームパイプだけでバランスが取れない場合には、ラテラルバランスウェイトという重りにより、左右が均等になるように調整します。針先とトーンアームの回転軸を結んだ線の左右が同じ重さになることで回転軸に掛かる重さも等しくなり、よりスムースに回転することができるようになるし、レコード針の針先が正しい姿勢でレコードの溝に当たるようになるので、音の信号を正しく拾えるのです。左右のバランスだけを考えれば針先まで真っ直ぐな形のトーンアームは最適と考えられますね。

最後はトーンアームの回転軸方式についてです。テコの支点となるところの仕組みと言えば分かっていただけるかもしれません。回転軸方式にもいろいろな種類があります。基本的には水平方向の回転軸と垂直方向の回転軸を分けて考えられた形状が多く、一般的には水平回転方式にはベアリング方式やピボット方式(先端が円錐形になっている回転軸方式)、垂直回転方式にはピボット方式やナイフエッジ方式などがあります。中にはピボット1点でアームを受けて、水平回転と垂直回転を1点で行うというモデルなどもあります。

針先角度、左右バランス、回転軸方式の3つの要素に対して、どの方式で製品化するかを決める必要があるのですが、実際にはこれに加えて、アームの長さ、どれくらいの重さのカートリッジに対応させるか、レコード針がレコード盤の回転によって内側に引っ張られる力をどう打ち消すか(インサイドフォースキャンセル)など、更にたくさんの要素をどう選択するかを決める必要があります。

それぞれに長所、短所があるので、一概にどれと決められないことも悩みどころ満載なのですが、それだけに買う立場としても、どれがいいのかと調べてみたり、店頭やイベントで実際に聴いてみたりして、選んでいくことは、なかなか面白いことだと思います。

WE-4700について

さて、私たちサエクがトーンアームについて、どうあるべきと考えて設計しているかを、WE-4700を例にお話ししていきます。余談ですが、WE-4700は、サエクの原点であるトーンアームに回帰したいという私の強い思いが込められた製品でもあります。

私たちがトーンアームに対して最も重視しているのは、剛性と感度です。針先はものすごく微妙なレコード盤の溝から信号を取り出さなければならないので、瞬間的には針先以外が動かない様に剛性が必要と考えています。そして針先の動きを阻害しない様にトーンアームは抵抗なく動かなくてはならないので、感度が重要になります。剛性が高くて感度が高くなるように、いろんな選択肢の中から最善と思える方式を選んで採用しています。

なんと言ってもWE-4700の特徴は、弊社独自の「ダブルナイフエッジ機構」です。先に説明した回転軸方式、すなわちテコの支点の作り方として、ナイフのように尖った先にアームを載せる方式をナイフエッジ機構と言いますが、それだとアームに大きな振動が伝わってきた時にアームが跳ねてしまうことがあるため、アームの上下にナイフの刃を当てることで、アームの浮き上がりを完全に抑えられる構造がダブルナイフエッジ機構になります。上下動を一直線上で捉えることにより、針先の微妙な振幅を正しく拾い上げてカートリッジのパフォーマンスをフルに引き出します。

ダブルナイフエッジにかかわる主要なパーツはもちろん、トーンアームに必要なすべての部品を内製化しています。最新の切削技術を用いてダブルナイフエッジの上刃と下刃の中心の高さ、左右の精度をミクロンオーダーで仕上げ動作特性と剛性感を一段と高めています。

トーンアームの共振は音質に大きな影響を与えるので、できるだけ抑えることが理想であり、ナイフエッジの下刃を支える軸受けは共振発生源になり得るため、一体成型を行ったり、肉厚を変えたりするなどの工夫を施しています。アーム部は特殊なアルミ合金を使用し、表面はブラストして硬質アルマイト処理を施しており、耐久性とトレース精度を向上させています。また内部配線材には高い導通性能を誇るPC-Triple C導体と、絶縁材に多孔質の天然素材を用いたオリジナル仕様のケーブルを用いて、微弱な信号の伝送に配慮していることも大きな特徴です。


WE-4700の回転軸部

最後に

もう一つ大事なことがありました。どんなにいいプレーヤーを買っても、どんなにいいカートリッジを買ってきても、何も調整せずそのまま再生しているのでは、その機器の本当の実力を知ることにはなりません。トーンアームのお尻にあるバランスウエイトでカートリッジに合わせた針圧に正しく調整してください。正しく調整された時、レコードに込められたオーディオファンの心を揺さぶる素晴らしい音を聴くことができることでしょう。


バランスウエイト

というわけで、これだけ悩みどころ満載の選択肢から回答を選び、商品を作り上げるメーカーの設計者の皆様には感心させられるばかりです。ですから皆さんもトーンアームを見ることがあれば、設計者の意図に思いを馳せて、眺めていただけると嬉しいです。

執筆者プロフィール

北澤慶太(きたざわ けいた)
1962年、東京生まれ。1990年、一級建築士事務所を設立。1997年、サエクコマース株式会社の代表取締役に就任。趣味はドライブ、スキー、ソロキャン。