2023winter

MAGNE DRIVEを使用した非接触駆動ターンテーブルGrandioso T1の技術説明

エソテリック株式会社
開発・企画本部 谷嶋敬夫

概要

エソテリック初のレコードプレーヤーGrandioso T1に採用されたターンテーブルの非接触駆動方式とその他の技術的な特長について

はじめに

今回、こちらの誌面をお借りして、エソテリック初のレコードプレーヤー Grandioso T1について技術的なお話をする機会を頂き、大変ありがたく思います。「レコードを非接触で回してみたい!」という私の技術的興味から始まり、開発までに5年の歳月を要しましたが、ようやく2022年9月に発売を開始することができました。

1. 前日譚

エソテリックが最初のフォノイコライザーアンプE-03を発売したのは2008年。続いて2作目のE-02が2017年に発売され、音の良さやMCカートリッジのバランス伝送に対応したことで大変好評を博しました。それと同時に、営業担当を通してお客様からは「これらのフォノイコライザーアンプに合わせられるエソテリックのターンテーブルが欲しい」という要望が寄せられていました。しかし、エソテリックにとってレコードプレーヤーへの挑戦は初となりますし、市場においても最後発となるため、作るからにはお客様から驚かれて、喜んでいただける革新的な製品でなければならないと、開発の着手には至っておりませんでした。

私はVRDS(Vibration-Free Rigid Disk-Clamping)メカニズムを採用したCD/SACDメカの開発(2005年のVRDS-NEOから最新のVRDS-ATLASまで18年以上)に携わる中で、ターンテーブルの振動をいかにコントロールするかということを常日頃考えてまいりました。VRDSメカのコンセプトは、CD/SACDの光ディスクを同径のクランパーで挟み、わずかな歪を補正し安定して回転させ、メディアが振動しないようにすることで、ディスクに書き込まれた情報を正確にピックアップが読み取ることを助けて、その結果音を良くするというものです。アナログレコードを高音質で再生する上で、プレーヤーが備えるべき条件について考えてみた時に、いくつかある条件のなかでも、レコードを正確に一定の速度で淀みなく回転させること、レコードの音溝に刻まれた信号を正確に読み取るためターンテーブルとトーンアームが、それぞれ内部のモーターや外部の振動から隔離、絶縁されていること。この二つが重要であると言って異論を唱える方は少ないと思います。この点を突き詰めて考えた時、駆動するモーターの不要な振動を伝えないという意味で、非接触でターンテーブルを駆動してみてはどうかというアイデアに至りました。

実は本企画とは関係なく、以前から磁気を使った動力伝達について技術的な検討を行っており、その際に協力していただいたのが株式会社プロスパイン社でした。プロスパイン社は非接触動力伝達装置の開発、設計、販売を行っている会社で、今回は磁場解析や磁石作成の協力をしていただきました。そして、試行錯誤を繰り返した末に完成したのが、Esoteric MAGNE DRIVE SYSTEMであり、このGrandioso T1(図1)に搭載されている非接触駆動の基幹技術になります。前置きが長くなりましたが、ここからGrandioso T1の特長となる技術について、非接触駆動を中心に説明していきたいと思います。


【図1】

2. Grandioso T1の構成について

Grandioso T1はメインユニット、モーターユニット、電源ユニットの3筐体で構成されます(図2)。ここで重要なことは、メインユニットにはトーンアーム以外にノイズの要因となる回路やセンサー等の電気的な配線がないという事です。


【図2】

3. Grandioso T1の5つの技術的特長

Grandioso T1の技術的特徴は主に以下の5つの項目となります。

  1. 製品の核となる駆動方式のMAGNE DRIVE SYSTEM(磁力を使った非接触駆動)
  2. プラッターを支えるMAGNE FLOAT機構
  3. ウッドプレートによる振動分離
  4. 特殊構造のアイソレーションフット
  5. 最新のモーター制御技術と外部クロック入力

3-1. MAGNE DRIVE SYSTEM

モーター駆動力を非接触でターンテーブルに伝える技術です。名前の通り、回転力伝達には磁力を用いています。実は当初のアイデアは、モーター側とターンテーブル側それぞれに取り付けた二組の多極着磁のマグネットリングを同期させることにより、回転力を伝える方法でした(図3)。


【図3】

しかし、この方式ですとターンテーブル側にマグネットリングがあり、磁石部がユーザー側に露出して危険なのと、磁石がレコード下部に配置されることになりカートリッジへの磁力の影響が少なからず考えられるため却下し、代わりにターンテーブル側に磁石を使用せず凹凸の付いた鉄製インダクションホイールに置き換えることを思いつきました。仕組みとしては、モーター側磁石の極と鉄製インダクションホイール側の凸部とが引き合う形で同期して回転します(図4)。

静止状態ではピニオン磁石の極の中心と鉄リング凸部とが対向した位置で安定となります。次にピニオン磁石側(駆動側)が回転すると、凸部を通って鉄製ホイール内を流れる磁束が安定点に戻ろうとしてホイール側(従動側)が回転します。これにより伝達トルクが発生します。(図6参照)この方式は、新開発非接触型ドライブ機構ESOTERIC Magne Drive Systemとして特許を取得いたしました。(No. 6501130)


【図6】

モーターユニット設置時には、ピニオン磁石とインダクションホイールとの距離は2mm(最もプラッターに近づいた位置)を初期設定とし、その時の伝達トルクはプラッター側で0.28N・mとなっています。ピニオンマグネットは18極に着磁したネオジム磁石、インダクションホイールには軟磁性体鉄を使用し凸部162個を設け、減速比は9:1となっています。つまり、LPレコード33.3rpmの場合、モーターは300rpmで回転します。

この方式の利点としては以下の3点となります。

  1. 非接触のためモーターからの不要な振動をプラッターに伝えません。
  2. プラッターとモーターは同期回転となるため、モーターの回転数が正しければプラッターは正確に回転し、プラッター側での微調整が不要となります。また、プラッター側での制御ループも必要としないので回転制御によるゆらぎ等が発生しません。
  3. ベルト等の消耗部品がないので部品交換、メンテナンスが不要となります。

さらに、この方式を採用した結果実現したGrandiosoT1ならではのユニークな機能として、エアギャップ調整による音質の変化が挙げられます。ピニオン磁石とインダクションホイールとの距離(エアギャップ)はモーターユニット部にあるマイクロメータ(図7)で2mm~3mmの範囲で調整することが可能で、その距離に応じた伝達トルク(最大0.28N・m~最小0.12N・m)を無段階で変えることが出来、ユーザー側で音質を調整することが出来ます。あくまでも筆者の聴感上のイメージですが、距離が近いとトルクは強くなり、立ち上がりの鋭い、力強い音色になり、逆に距離を離していくとトルクは弱まり、アタックはソフトになりますが、音場の再現性に優れるように思います。いずれにせよ、お使いのカートリッジやアームまた再生するレコード毎に、最も好ましく聴こえるポジション(伝達トルク)を選んで楽しんでいただければと思います。


【図7】

3-2. MAGNE FLOAT機構

1960年代、TEAC製ターンテーブルの代名詞となっていたマグネフロート機構をGrandioso T1で復活させました。「マグネフロート」という名称を使っていますが、実際に浮上させる訳ではなく、スラスト方向の軸受けにかかる荷重を減らし回転を滑らかにしています(図8)。Grandioso T1では本来スラスト方向にはプラッターの重量である19kgの負荷がかかるのですが、このマグネフロート機構のおかけで軸受け負荷を4kgまで小さくしており、スムーズな回転となっています。併せてスラスト軸受け寿命も長くなります。ここにも強力ネオジム磁石をペアで使用しています。磁石はそれぞれ単極着磁となります。試作時初期には磁石の反発力が強すぎて19kgのプラッターが本当に浮いてしまうというハプニングが起きてしまいましたが、その後エアギャップを変更し浮かないように調整を行ないました。


【図8】

3-3. ウッドプレートによる振動分離

T1のメインユニットのベースプレートはアルミ/ウッド/アルミの3層構造になっています(図9)。全体を支えるシャーシとなるアルミのボトムレイヤーにターンテーブル軸受けと脚をマウント。トップレイヤーにトーンアームがマウントされています。この二つを間に挟んだウッドプレートが結合しておりますが、それぞれアルミプレートはウッドプレートとしか締結されておらず、アルミプレート同士は直接ネジなどで結合されておりません。ウッドプレートは内部損失の高い素材を使用しており、この構造のおかげでプラッターの軸受けで発生する回転振動からトーンアームが分離されています。


【図9】

3-4. 特殊構造のアイソレーションフット

スピーカーで再生されたレコードの音がカートリッジに伝わりフィードバックループすることで起こるハウリングを防止するために、レコードプレーヤーの脚部にはしっかりとした振動対策を施す必要があり、Grandioso T1のアイソレーションフット内部には特殊ダンパーバネを採用しました。このダンパーバネはコイルスプリングで外からの荷重を支え、バネを包む特殊ダンパー樹脂で振動を吸収します(図10)。


【図10】


【図11】

この構造により、素早く外部からの揺れや振動を収束させ(図11)、トーンアーム、プラッターを理想的な状態で動作させることが可能になります。

3-5. 最新のモーター制御技術と外部クロック入力

今回、Grandioso T1の駆動モーターはDCブラシレスモータを採用しています。いくら非接触でターンテーブルを回転させているとは言え、ターンテーブルの滑らかな回転には、モーター自体の滑らかな回転が必要不可欠となります。重要なのは、モーター駆動には汎用モータードライバーを使わずに、滑らかな回転を可能とする専用ドライバーによる低ノイズ正弦波電流駆動とフィードバックを行わないオープンループ制御を採用したことです。この正弦波生成の際、元となる10MHzクロックは内部の高精度水晶発振器から供給しています(図12)。


【図12】

これに加えて、外部クロック入力も装備しており、他のマスタークロックジェネレーターから10MHzクロックを供給することにより、クロックの違いによる音質の変化を楽しむことが可能となっています。実は、この外部クロックとの同期というアイデアが企画担当者から提案されたとき、私自身はそこまで音質に影響があると予想しておりませんでしたが、実際に内部クロックと外部クロック、さらには他の外部クロックを繋いで音質評価をした際には、それぞれのクロックごとの音色の変化の傾向はまさにSACDプレーヤーなどデジタル機器に繋いだ時と同様に再現され、大変驚きました。この感動と驚きも是非とも一人でも多くの方に体験していただければと思います。

4. おわりに

2022年9月に完成した新駆動方式ターンテーブルGrandioso T1は、従来のベルトドライブやダイレクトドライブ、リム(アイドラー)ドライブにはない独特の音質を得ることが出来、オーディオ・ファイルの皆様方からご好評いただいております。また駆動磁石との距離を変えて音質変化をさせる機能や、外部クロックを入れて音質向上を図る機能も違いを認めて喜んでいただけているようで大変嬉しく思っています。今後このMAGNE DRIVE方式をリムドライブ、ベルトドライブ、ダイレクトドライブに続く第4のターンテーブルの駆動方式の一つとして、仲間に加えていただましたら幸いです。最後に本製品開発に当たり、磁場解析と磁石製作にご協力頂いた株式会社プロスパインの佐藤様、大石様に心より感謝いたします。

執筆者プロフィール

谷嶋敬夫(たにしま たかお)
1980年、ティアック株式会社入社。機構設計担当。入社以来40年に渡り、業務用、コンシューマー向け等の各種ディスク・メカニズムの設計に従事。2002年から現在までエソテリックブランドの機構設計に従事。今回のGrandioso T1以外に、VRDS-NEO、VRDS-ATLAS等の設計も担当。ディスクメカ以外にEsoteric Grandiosoシリーズの筐体設計も担当。