2023winter

レコードの溝から音を取り出す針とカートリッジについて

株式会社ナガオカトレーディング
執行役員 営業部長 西武司

概要

ナガオカ(1940年創業)は、世界シェア90%以上の金属ダイヤモンド接合針(メタルボンデットスタイラス)を製造し、レコード針からカートリッジの完成品までを一貫生産できる、世界的にも数少ない精密加工メーカーです。

近年のアナログレコードの復活により、たくさんの方々がレコードに刻まれた素晴らしい音・音楽を楽しんでおられます。その中でも若い人たちにとっては、まだまだレコードを正しく再生することは難しいようだとお聞きし、レコード針を製造しているメーカーとして、どのような仕組みでレコードから音が出てくるのかを書き記してもらいたいと光栄な依頼を受け、今回JASジャーナルに寄稿させていただくこととなりました。

レコード針の進化

レコード針の材質や形状は、レコード盤と共に進化してきました。まずはその歴史から見ていきましょう。

蓄音機で聴くSP盤は、シェラック=カイガラムシが分泌する虫体被覆物を精製して得られる樹脂で作られ、屋根瓦のように重く、割れやすいものでした。そのSP盤用の針として、鉄針・竹針・ソーン針(大型のサボテンの針)がありました。ソーン針は音の面で人気があったようですが、のちにワシントン条約のため入手困難になりました。


左から鉄針、竹針、ソーン針

1948年にLP盤、翌年1949年にはEP盤が登場し、レコード盤の材質も硬質塩化ビニールに変わり、安定剤や静電気防止剤などが入るようになりました。これにより、レコード盤とレコード針によるスクラッチノイズが減って、より原音に忠実な再生が出来るようになり、特に宝石針の良さが一般に認められるようになりました。

ナガオカは、1947年にはサファイヤ蓄針(形状は鉄針と同じ細い金属棒の先端に研磨されたサファイヤチップが埋め込まれた針)の市販にいち早く着手します。鉄よりサファイヤ(宝石)の方が摩耗は少ないのですが、更に摩耗しにくい針を作ることが課題となり、1956年にいよいよ最も堅い宝石ダイヤモンドに挑戦することになります。これから説明するダイヤモンドの加工という長い戦いを制したことで、「レコード針のナガオカ」という世界が認めるブランドに成長することができました。

当初、ダイヤモンドの加工研磨は容易ではありませんでした。米粒の様なダイヤモンドにダイヤモンドの刃物を使い、共摺りで先端に丸みをつけて、やっと1本のダイヤモンド針(チップ)が出来上がります。1人の作業員が1日掛けて1本もできない日もあったそうです。また作業中、ダイヤモンドが外れて飛んでしまった時は、全員が四つん這いになって探すほど、1本が貴重だったとのことです。

そこでダイヤモンド針の溶着工程の専門的研究が行われ、1960年直径0.3ミリ~0.35ミリの小さなダイヤモンド粒を金属棒に溶着するという難題を解決し、安定した強度を持つ溶着に成功しました。これによりダイヤモンド針の原価は最初のブロックダイヤ針に比べて大幅に低減することができ、一般の方々に幅広くダイヤモンド針を用いて音楽を楽しんでいただけるようになりました。

この溶着方法が完成した頃には、レコード針の動きを、より忠実にする為、ピックアップ等の動く部分の質量を小さくするという次の課題が出現し、針先のチップを軽くすることが最も効果的ということで、次はダイヤモンド針の鉄の部分の重さが槍玉にあがりました。

1964年の東京オリンピック開催の年、より少ない接着面積でもチップの落ちない強度の蒸着法を開発・成功させると、1973年には鉄より軽いものの溶着がかなり難しいチタンに接着を成功させ、音質を大幅に向上させることが出来ました。

針先形状

ナガオカでは現在、接合針の針先形状として丸針と楕円針を製造しています。針先形状はレコード再生にかなり影響します。

丸針はその名の通り、先端の形状が丸く、ステレオ再生針の標準形であり、一般的に多くのメーカーで採用されています。低音再生力が特に良く、安定した再生ができます。ナガオカの丸針接合最終仕上げは素晴らしく、これにより、再生能力が向上します。

楕円針は丸針を両側から削り、さらに角を丸めた形状で、丸針に比べて音の歪みがかなり減少し、高域の再生能力が特に優れています。ただし単位面積に及ぼす圧力も増大してしまうため、針の寿命は短くなります。極小の丸針の2面を削って楕円を作るのですが、驚くことにこの楕円針の全てが手作業で作られているのです。また、ナガオカのレコード針を作る機械類も自社設計自社製造で、他には販売されておりません。まさに全てが職人技です。

カートリッジ

カートリッジとは、回転しているレコードの溝にレコード針を当て、その溝の両側面に刻まれた音の信号パターンに針が触れることで、針とカンチレバーが振動し、その振動を電気信号に変換するものです。カートリッジを出た電気信号はフォノイコライザーで本来の音に調整され、アンプで増幅し、スピーカーを鳴らして音楽が聴こえるようになります。

カートリッジはレコードの盤面に記録された信号をピックアップする小さな発電所の様な働きをする部分になります。その発電方法も様々存在しますが、大きく分けてMM型(Moving Magnet)とMC型(Moving Coil)があります。簡単に言うと磁石が動いて発電するか、コイルが動いて発電するかの違いになります。どちらも次のような一長一短があります。

MM型…長所はコイルの巻き数を多くできるため、出力が高くパワフルで針交換も簡単で扱いやすいことになります。短所は重たい磁石を動かさなければならないため、繊細な振動を伝えづらくなります。

MC型…長所は振動系がコイルなので軽く、強くて大きな磁石を採用できるのでレスポンスも良く、周波数レンジもワイドな点が特徴となり、繊細な表現力に長けています。短所はコイルの巻数が増やせないため、出力が低くなり(MM型の1/10、0.1~0.3mV程度)、出力を稼ぐために「昇圧トランス」あるいは「ヘッドアンプ」が必要になります。

ナガオカは1967年に独自の発電方法によるリボン型カートリッジを開発しました。それは1978年以降、ナガオカのジュエルトーンブランドとして発売され、当時世界的に注目を集めました。リボン型はMC型のコイルを極端に短くして1本のリボン状の線にしたものを使用したため、出力は極端に低いのですが、簡素な構造は高い変換忠実性を生むことができたのです。

リボン型カートリッジと共にナガオカで開発されたのが、現在も世界各国で販売され続けているナガオカ独自の発電方式、MP型(Moving Permalloy)になります。1977年から発売され、2021年にはロングライフデザイン賞も受賞しました。MP型はMM型の部類になりますが、MM型の短所である重たい磁石の代わりに薄いスーパーパーマロイ(透磁性が非常に高く、カセットデッキの磁気ヘッド素材としても有名です)をカンチレバーに巻きつけ、カートリッジ本体に設置したサマリウムコバルト磁石により磁気化して発電させるため、振動系の自由度は一段と上がり、よりレコードの再生を忠実に再現します。この忠実な再生力により、MPシリーズは発売当初から海外でも評価が高く、各国で数々の賞を獲得し、現在でもナガオカの主力カートリッジになっています。この様に、レコード盤に刻まれた音をいかに忠実に再現するかを各メーカーが日々研究し、様々なタイプのカートリッジが開発されました。

レコード盤のクリーニングについて

近年レコードが再注目され、レコード盤の取り扱い方・メンテナンス方法等のお問い合わせも、国内のみならず海外からも増えてきています。

中でもレコード盤のクリーニングはかなり重要で、特に中古レコードを購入された場合、前のオーナーさんによっては、チリ・ホコリ・タバコのヤニが付着するなど、かなり酷い状態のレコードが多く存在し、そのまま再生するとレコード針とレコード盤との摩擦温度がかなりの高温になってしまい、汚れが針先に堅く焼き付いて、それがレコード盤や針先を傷める原因となってしまいます。

当然、レコード盤が汚れていると音も悪くなり、本来なら癒される音楽もストレスに感じてしまうこととなります。そうならない為にもレコード盤のメンテナンスと保管には、どうか十分に気をつけるようにしてください。

レコードの魅力

レコードはCD等に比べて大きなジャケットで、まるで絵画的アート作品のようです。ジャケットが気に入って購入する「ジャケ買い」という言葉があるくらいですから、ジャケットを見るだけで、そのアーティストの想いや、そのアルバムの方向性が想像出来たりして、飾って見て楽しめるというのもレコードの大きな魅力でもあります。


ジャケットの数々

レコード盤についても、ストリーミングのようなデジタル音源とは違い、同じアルバムタイトルであっても、プレスした国やマトリックス番号(レコードをプレスする鋳型番号等)、プレスした時期によって音が違い、レコード盤の数だけ音色があると言われています。


マトリックス番号

アーティスト達はお気に入りのマスタリングエンジニアやカッティングエンジニアを選んでアルバムを制作します。レコード盤のデットワックスには鋳型番号(マトリックス番号)、エンジニアたちの名前まで見ることができます。レコードマニアの私自身が現在でもまだ再発見ばかりで、「今まで聴いていた音と全然違う…」「何!この音凄い!」と幾度驚き、何度幸せを感じたことでしょう。

ナガオカでは、レコード針やカートリッジの販売だけでなく、様々なレコードクリーニング・メンテナンス製品・保管用製品もご用意しております。弊社公式ホームページ(https://www.nagaoka.co.jp/)等でご確認いただければ幸いです。

素晴らしきレコードの世界を、いつまでもお楽しみ下さい。

執筆者プロフィール

西武司(にし たけし)
1992年、株式会社ナガオカトレーディング入社。ナガオカブランド製品の営業、アナログ関連製品開発に従事。趣味は楽器演奏、レコード鑑賞、レコード盤メンテナンス、レコード盤修復。