2023spring

カーオーディオで受け継がれるダイヤトーンサウンド
~三菱電機 三田製作所を訪ねて~

日本オーディオ協会事務局 秋山真

老舗の国産カーオーディオメーカーは、日頃どのような環境で製品を開発しているのか? 今回、「ダイヤトーン」ブランドでお馴染みの三菱電機 三田製作所を訪ねることができたので、その模様をレポートしたい。


三菱電機 三田製作所の外観(兵庫県三田市)

案内してくれたのはマルチメディア製造部 設計第二課の仲田剛(なかだ つよし)さん。仲田さんはカーオーディオ開発一筋30年。回路設計やスピーカー設計はもちろん、信号処理といったソフトウェアに至る部分まで、音響技術全般を担当するエンジニアだ。ダイヤトーンのDNAを受け継ぐ人物であるだけなく、日本オーディオ協会のハイレゾWG(ワーキンググループ)のメンバーも務めるゴールデンイヤーの持ち主である。


ダイヤトーンサウンドのキーパーソンである仲田さん。
ご自宅では同社の銘ユニットP-610を自作の箱に入れて鳴らされているという

ホームオーディオ開発と何ら変わらない試聴環境

取材はメイン試聴室で行われた。広さは54㎡。非常に堅牢な造りで、壁や天井を見ても音響対策が入念に施されているのがわかる。この部屋以外にも、伝説的スピーカーであるダイヤトーンDS-V9000が置かれた試聴室もあるというが、どちらもカーオーディオ製品を開発するための部屋なのに、ホームオーディオ開発用の試聴室と変わらない環境であるというのが驚きだ。この場所で試聴と調整を繰り返しながら製品の完成度を上げていき、最終的には実際に車両に取り付けて仕上げのチューニングを行うという。


メイン試聴室

三田製作所でカーオーディオの製造が始まったのは1980年代とのことだが、この試聴室は1990年頃に完成している。立ち上げ当初には、ダイヤトーンサウンドをカーオーディオでも実現するために、ホームオーディオの開発拠点だった福島県の郡山製作所からもエンジニアがやってきたそうで、そのなかには、こちらも伝説的なスピーカー設計者である佐伯多門氏もおられたというから本気度が伝わってくる。佐伯さんはその後、定年まで三田製作所に在籍され、まさに仲田さんは入社当時からその環境で鍛えられたのだそうだ。

現在、同社では「ダイヤトーンサウンド・ナビ」というナビゲーション付きのヘッドユニットや、「ダイヤトーン」ブランドのカーオーディオ用のスピーカーシステムを販売しているが、それ以外にも、ディスプレイオーディオと呼ばれるナビゲーション無しのヘッドユニットや、スピーカーユニットを、メーカー純正品、メーカーオプション、ディーラーオプションという形で多くの自動車メーカーにOEM供給している。それらには、たとえ「DIATONE」のロゴが入ってなくても、長年培われた音質向上のノウハウが投入されているわけだ。


取材当日のシステム

試聴室の中心には、いわゆるホームオーディオと同じようなスタイルでスピーカーとアンプがセッティングされていた。スピーカーのエンクロージャーは自作だが、密度の詰まった強固なもので容量は約40L。これは高級車のしっかりとしたドアの強度と容積を想定しているそうだ。そこに17cmウーファーがマントされ、エンクロージャーの上にはツイーターユニットが置かれている。このウーファーとツイーターは「DS-SA1000」という型番でフラッグシップ・スピーカーシステムとして販売されている(外付けネットワーク付きで737,000円)。昨今のハイエンドなカーオーディオ環境では3ウェイ構成も増えているというが、あえて2ウェイにこだわっているのは、一般的なカーオーディオ環境を想定しているほかに、「モニタースピーカーの理想は2ウェイ」というダイヤトーン伝統の理念もあるという。

パワーアンプは米国パス・ラボラトリー製のモノラル機だが、これは開発したスピーカーシステムの性能を限界まで引き出して評価するために、敢えてカーオーディオ用ではなく、ホーム用のハイエンドモデルを採用しているという。

2台のパワーアンプの間に置かれているのが、ナビゲーション付きヘッドユニットの最新フラッグシップモデル「ダイヤトーンサウンド・ナビNR-MZ300PREMI-4(294,800円)」で、車内と同じようにバッテリー駆動されている。その後ろに見えるのはパッシブ・サブウーファーの「SW-G50(88,000円)」だ。

カーオーディオブランド「DIATONE」の歩み

ダイヤトーンは2000年にホームオーディオ用のスピーカー開発を終了(その後2017年に1度復活)したが、カーオーディオブランドしてのダイヤトーンは2006年に始動している。最初の製品は「DS-SA3(約26万円)」という外付けネットワーク込みの2ウェイ・スピーカーシステムで、その翌年にはさらに高価な「DS-SA1(約52万円)」という、こちらも2ウェイ構成の上位モデルを発表している。ユーザーには古くからのファンも多く、やはりダイヤトーンといえばスピーカーなのだろう。

しかし、仲田さんにはそれよりも印象に残っている製品があるという。それが、デジタルプロセスセンター(いわゆるDSP:デジタルシグナルプロセッサー)の「DA-PX1」だ。約84万円という当時としては異例の高額製品である。


「DA-PX1」は昨今のカーオーディオ業界では当たり前となったDSPのはしりとも言える製品で、メディアプレーヤー機能も内蔵している(パワーアンプは非搭載)

ダイヤトーンが考える「原音忠実」=「ソースに含まれている波形を忠実に再生する」という理念を実現するために、特許5件を含む様々な音響技術をこの製品のために開発し、さらには、こちらも当時のカーオーディオとしては異例の32bit DACを、FPGAを使ったディスクリートで組み上げて搭載。その結果、それまではイコライジングやタイムアライメントといった信号処理を行うと、演算精度が足りずに聴感上の情報量が減ってしまうという現象を、32bit化することで飛躍的に改善することに成功した。仲田さんも当時を振り返りながら、「苦労の連続でしたが、思いついたことはコスト度外視で全て盛り込みました。DA-PX1の開発で得られた知見は、その後の製品開発の基礎となっています」と語るように、カーオーディオブランドとしてのダイヤトーンにとって、ターニングポイントとなった製品だ。


「DA-PX1」の内部。銅シャーシの上にディスクリートDACを含む入魂のパーツが敷き詰められている

カーナビは音が悪いという認識を変えたい

その後の2012年には、DA-PX1の技術を踏襲したカーナビゲーション内蔵ヘッドユニット「ダイヤトーンサウンド・ナビ」が発表された。「カーナビは音が悪い」という世間の認識を変えることを開発目標とし、それ以降モデルチェンジを繰り返しながら現在に至っているが、仲田さんは、「2015年のモデルチェンジでDA-PX1を超えたという実感がある」と語る。ハイレゾに対応するため、回路の見直しを行ったからである。昨今では再生プレーヤーに高級なDAP(ポータブル向けデジタルオーディオプレーヤー)を使うカーオーディオユーザーも増えているが、ハイエンドユーザーのなかには、音質的な理由から、敢えてダイヤトーンサウンド・ナビを使用する人もいるそうだ。もちろん巷のDSPと同じように、細かいイコライジングやタイムアライメント調整も可能になっている。

また、この製品は一般的なカーナビゲーションシステムと同じようにパワーアンプが内蔵されているが、よほどの大音量でないかぎりは、ホームオーディオ用として使っても問題ないレベルの音質が得られるという。外部パワーアンプと組み合わせることも可能だ。

高級DAPにも匹敵する音質のカーナビ。にわかには信じがたいが、私自身、カーオーディオ製品をこのような環境で聴くのは初めてであり、一体どのような音が出るのかワクワクしながらの試聴タイムとなった。

しかし、その期待は良い意味で裏切られた。カーオーディオというエクスキューズが一切感じられない、至極真っ当なサウンドだったからだ。強いて傾向を言うならば、レスポンスの速さと、解像感の高さが特徴だろうか。余計な色付けが感じられないモニター系サウンドが、「カーオーディオの音なんて」という色眼鏡を一瞬で吹き飛ばした。

仲田さんいわく、ここに至るまでには、回路パターンやDSPソフトウェアの改良を日々行ってきたことが大きいという。車内環境は家庭とは較べものにならないほど過酷であり、EMC(電磁両立性)も満たさなければならない。飛び込みノイズを減らす。飛び込んでも影響を受けにくくする。アナログ系はシールド周り、デジタル系はジッターの対策を徹底する。そうした積み重ねは、31bit目、32bit目といった微小信号の改善としてデータにも現れるという。

最後に仲田さんに今後の展望について語ってもらった。

「カーオーディオもハードウェアはここまで進化しました。しかしコンテンツ側に目を向けると、現状の車内エンターテインメントはまだまだ圧縮音源がメインです。この先、圧縮音源ではなく、CD品質、ハイレゾ品質が当たり前になれば、カーオーディオはもうひとつ上の次元に行けるのではないかと思っています」

今号の取材を経て、筆者も最近、カーオーディオ熱が高まっている。まずはクルマの購入が先だが、この日に聴かせていただいた音は、これから自分がカーオーディオをやる上で間違いなく指針となるだろう。今年のOTOTEN2023ではコロナ禍で中止になっていたカーオーディオのデモカー展示が復活する。ぜひ多くの人に、最新のカーオーディオサウンドを体験していただければと思う。