2022winter

第25回「音の匠」顕彰
株式会社音響ハウス
メンテナンス・エンジニア 遠藤誠様

日本オーディオ協会 専務理事 末永 信一

概要

2021年度の「音の匠」として、レコーディングスタジオ「音響ハウス」のメンテナンス・エンジニアである遠藤誠様を顕彰させていただきました。選考理由とこの顕彰を記念して開催されたトークショーの様子を紹介いたします。音の匠顕彰式ならびに音の匠顕彰記念トークショーの様子を日本オーディオ協会YouTubeチャンネルにアップしておりますので、どうぞこちらもご覧下さい。

ABSTRACT

JAS commended Makoto Endo as “The Master of Sound 2021”, a maintenance engineer of the recording studio “ONKIO HAUS”. I introduce about reasons for select Mr. Endo and his memorial talk show. Please check the YouTube content below.

2021年度 第25回「音の匠」顕彰式

2021年度「音の匠」記念トークショー

2022winter-08-01

昨年度から、「音の匠」選考委員会は新体制になり、権威ある賞に相応しい客観性を重視し、アカデミックな分野で活躍されている方々、スタジオや製品開発に関わるエンジニアなど、まずは幅広く候補者を推薦していただき、技術的難易度、ユニークさ、話題性、未来感などが11名の選考委員によって審議され、音・音楽・オーディオなどの分野で、卓越した能力を持ち、文化創造や社会貢献をされた方を「音の匠」に決定をしております。

今年度も、誰が選ばれてもおかしくない数多くの候補者の推薦がありましたが、最終的には満場一致で遠藤様を顕彰することになりました。昨今、スタジオを取り巻く環境において、メンテナンスを担当するエンジニアのスキルをあげなければならないニーズが非常に高く、遠藤様の長年の功績が顕彰に値することは明らかであると同時に、縁の下の力持ちの存在であるメンテナンス・エンジニアに光を当てることによって、未来ある若きエンジニアたちの鑑になって欲しいという願いを込めて顕彰することとなりました。


左:遠藤誠様、右:末永専務理事

遠藤様は1975年に音響ハウスに入社されて以来、一貫してスタジオにおけるオーディオ機器の開発やメンテナンス業務に従事して来られ、日々の機材管理を絶やさず、安定したスタジオ運用を可能とされています。演奏するアーティストたちの緊張感を邪魔しない安心したスタジオの提供が可能となり、また何かトラブルがあっても即座に対処できる遠藤様の技能はまさに「音の匠」であると考えます。

1974年12月に銀座に設立されたレコーディングスタジオ「音響ハウス」の45周年を記念したドキュメンタリー映画が企画され、当初は「遠藤さんを主題にして、20分程度のPR動画を作りましょう」という話になっていたのが、音響ハウスが大好きなギタリストの佐橋佳幸さんとレコーディングエンジニアの飯尾芳史さんが、相原裕美監督と話しているうちに「一曲作りましょう」とどんどん盛り上がり、喜んで協力してくれたアーティストも次々と増え、とても20分では収まりないものとなったとのこと。


※右の歩いている方が、遠藤さんです

2021年12月20日「音響ハウス Melody-Go-Round」のBlu-ray Discの発売開始に合わせて、御茶ノ水RITTOR BASEで上映会が開催され、その上映後に、サウンド&レコーディング・マガジン松本伊織編集長がインタビュアーとなり、「音の匠」顕彰記念トークショーが行われました。そこでは遠藤誠様の普段のお仕事ぶりをお聞きすることができましたので、以下、遠藤様のお人柄が良く分かるトーク部分を抜粋でご紹介いたします。


左:河野恵実様、中央:遠藤誠様、右:松本編集長


松本編集長(以下、松本):
本日は、音響ハウスの遠藤誠様が日本オーディオ協会の「音の匠」を顕彰されたということで、その記念として、ここで遠藤様にお話を伺うことになりました。よろしくお願いします。

まず、映画のテロップで1975年に音響ハウスに入られたと出ていましたけれど、私は1975年生まれなので、今46歳なんです。勤続46年、ずっとメンテナンスのお仕事に従事されているということですね。そもそも、音響ハウスでメンテナンスという仕事に就かれようとされたのは、どうしてなんですか?

遠藤 誠氏(以下、遠藤):
録音技術専門学院(現在の音響芸術専門学校)に在学中に、色々な会社を見学に行きまして、スタジオもいいかなと思っていたら銀座に新しくスタジオができるって話を聞いて、すぐ応募しました。本当はアシスタントエンジニアの募集だったんですけど、最後に自己アピールありますかっていうところで、アンプを作ったりして、機械をいじるのが好きなんですけど、そういった仕事はないですか?とこちらから言って、面接が終わったんですが、帰りがけにエレベーターホールに行く間に呼び戻されて、それでご縁があって入社できました。

松本:本当にオーディオ機器がお好きだったということですか?

遠藤:そうですね。高校時代から秋葉原に通うようになって、そこで「無線と実験」という雑誌を見て、自分でアンプを作ってみようかなと思い、3年ちょっと掛かりましたけど、真空管アンプを完成させましたね。

松本:自分で作った機械から音が出るのが楽しかったと。

遠藤:そうですね。作ってはバラし、配線が気に食わないとやり直したり。そんなことをやっている間に回路が読めるようになってきましたね。

松本:へぇ~すごいですね!それは好きこそ物の上手なれというか、興味があるから、そういうこともできるんだと。録音の学校に行けばそういう勉強もできるんじゃないかと思って行かれたんですか?

遠藤:そうですね。

松本:でも録音の学校って録音の学校じゃないですか。

遠藤:はい。確かにそうなんですけど、そういう機械を好きな人もいるんじゃないかと思って入ってみました。

松本:なるほど。で、まんまと機械を扱う仕事としてプロの世界に飛び込んでいったと。すごいお話ですね。

松本:映画の、銀座を抜けて音響ハウスさんに行くまでの道を通勤するシーン、あれ結構 何カットかありますよね?何回ぐらい撮られたんですか?

遠藤:4回か5回ぐらいだと思います。

松本:どうですか?道を歩いている所を撮られるって、普段の生活をしているとあんまりないことだと思うんですけど。

遠藤:そうですね。何の意図があって、そこから始まったのか分からないんですけど。

松本:何か、遠藤さんの立ち姿とか、コツコツと仕事をされている様子っていうのが、コツコツやることって大事だよ、みたいなことがあるのかなって、僕はあの遠藤さんの映され方を見て思ったりもしましたね。

フライヤーに小さく遠藤さんの姿が出ているので、ある種、音響ハウスの守り神的な位置付けに監督やデザインをされている方が感じられたんじゃないかなと僕は感想として思っているんですけどね。

松本:点検のシーンが映画で出ていましたけど、何をチェックしているんですか?

遠藤:例えば、スタジオの鍵を開けて、まずは電源を入れるんですけど、電源を入れた瞬間に、ファンの音とか、そういったものも気を使って、異音がしたら交換時期かな?とか、そういう点検をしています。

松本:あ~。良くありますよね。スイッチを入れた瞬間にいつもと違う音がするとか。

遠藤:最初の「ブーン」とか「ガラガラ」とか。ちょっとすると治ってしまうことがあるので、入れた瞬間というのが非常に大事ですね。

松本:だからああやって朝チェックしている訳ですね。なるほど。

遠藤:あとはその壊れたモジュールを直すためにテスト治具を作ったりもしました。

松本:そういうのはもちろんお仕事ですけど、お好きなんですか?

遠藤:未知のものが好きなんです。

松本:じゃあ結構新しい機材とかが入ってくると?

遠藤:ワクワクしますね。

松本:これまで一番ワクワクしたのって何ですか?

遠藤:その時々ですけど、音響ハウスは必ず1号機というような、新しいものを先に入れるっていう時代があったので、その辺がもう凄く、楽しい時代でした。

松本:技術の人って、特にメンテナンスの方って何でもできないといけないって言うと誤解があるかもしれないんですけど、スタジオに揃えたものはすべて万全の状態でなければいけないっていう責務というか、当然スタジオを使われる方って、「あそこの機材ちゃんとしてて当たり前じゃん、だって僕らスタジオ借りてるんだもん」って思われると思うんですよね。だからそういう責任を担っていかなきゃいけない仕事ですよね。だからその為には色々勉強して、映画の中では「直せないものはない」っていうテロップで紹介されてましたよね。

遠藤:直す努力はしています。

松本:なるほど、凄い。でも古いものってパーツがなかったりするじゃないですか。どうするんですか?

遠藤:今はインターネット時代ですから。色んな所から、日本に限らず海外のものも見て取り寄せたりしています。

松本:むしろ手に入りやすくなったとも言えるんですね。なるほど。じゃあ本当に直せないものは無い世界に、直せなくはないになりつつあるんでしょうね。トラブルが多いとか、機材のこれが壊れやすいとか、体感としてお持ちですか?

遠藤:やっぱり一番多いのはコンソールですよね。チャンネル数が多いので、64とか。その中でちょっとしたところがトラブルとかありますね。

松本:部品の点数も多いですからね。そりゃ大変だ。コンソール、私は一応サンレコという仕事をしているので分かるんですけど、コンソールが壊れると、例えば1スタの9000-Jのどこかが都合が悪いとなるとどうなるんですか?

遠藤:まずはスペアのモジュールと交換しますね。

松本:あれを1本丸ごと外して入れ替える。

遠藤:はい。その交換したやつは先ほど言った治具を使ってメンテナンスルームで直すんです。

松本:直すんですね。何がおかしいかが特定できれば、何となくどの辺が異常なのかっていうのが分かってくるんですね。長らくそういうお仕事されているじゃないですか、もっと機材大事に扱えよって思ったりしませんか?

遠藤:そうですね。でも今はタバコを吸わなくなったから、結構安定してますね。

松本:その影響は大きいですよね!昔はよくコンソールを開けるとフェーダーの溝に一杯落ちた灰が積もってみたいな話がありましてけど、もうそういう時代じゃないんですね。逆に、一般の方が機材を扱う時にこういうことに気を付けた方がいいみたいなことで、何か思い浮かぶことってありますか?

遠藤:電源系統をきれいにチェックする、タコ足にしないってことですね。プラグに挿しっぱなしにすると電源ユニットが壊れていきますので、傷みます。

松本:なるほど。さっきのお話で僕が印象的なのは、ファンがおかしくないかっていう話を受けて、音は出てないのに耳で点検しているじゃないですか。普通チェックというとガリが出ているとか、あれも耳ですよね。音楽とは違う意味で耳をこらしてるというのが凄く印象的だなと思ったんですけど、点検って凄い神経使いますよね?

遠藤:耳だけじゃなくて。目もそうですよね。後は触覚、嗅覚も。

松本:焼け焦げてないかとか。一度現場でコンデンサーが破裂して煙が上がったことがあったんですけど、そういうことが起こらないように焦げ臭くないかとかチェックされているのですね。

味覚だけないですね。<場内笑い>

遠藤:味覚はないですね。触覚でいくと、例えば扉を閉めた時にキューっていうとか、カタカタっていうとか。 

松本:扉ってスタジオのドアですよね。機械じゃないんですよね。

遠藤:機械じゃないですけど。スタジオ全体を見回してるって感じですよね。皆さんあまり気が付かないでしょうけど。

松本:ドアの建付けがおかしいとか、防音の機能を果たしてないとか言うとスタジオの仕事として困っちゃいますよね。

遠藤:防音が効かないとかというか、もっと細かい話ですね。

松本:重くて開きにくいとか、ロックがちゃんと閉まらないとか。

遠藤:
そういうのもありますね。擦り切れているとか。

松本:あ~パッキンとか、そんなことまで。メンテナンスって、ビルメンテナンスみたいなことまでやられるんですね。でもそれってつまりはスタジオを使う方が円滑に使っていただけるようにするための仕事の一つってことなんですね。

遠藤:はい。そうですね。

松本:映画で、最後に出演されているミュージシャンの皆さんが「いい音って何ですか」っていう質問に対して非常にこう、どう答えたらいいか、難しいなーと思いながら、皆さん思うことをおっしゃっていた最後だったと思うんですけど、いい音を描こうと思ったら、土台がちゃんとフラットで白くないといけないと思うんですよね。で、そこにへこみがあったりしないようにするのが遠藤さん達のお仕事っていうことなのかな?って、僕はあのシーンを観ていて思ったんですけど、なかなかこう、やりがいがある仕事だと思ってやれる人と、「そういうんじゃなくて俺は派手な仕事がしたいんだよ」っていう方といらっしゃると思うんですが、遠藤さんは今、ご自身のお仕事についてどうお考えですか?

遠藤:今でも同じですね。何か新しいものがないかとか、新しいものを使ってみようかとか。今でも探していますね。

松本:スタジオをうまくちゃんと回すんだ、という誇りの部分と同時に、新しいものがきたっていうワクワクでここまで来ちゃったっていうことですね。

今日は、短い時間ではありましたが、ありがとうございました。


来場者の暖かい拍手に送られて、遠藤さんが退場されました。

以上

遠藤様、「音の匠」受賞、おめでとうございました。

「音の匠」選考委員会 委員 [敬称略]
 岩崎 初彦(委員長)
 山﨑 芳男
 小谷野 進司
 平山 勉
 熊澤 進
 景井 裕二
 遠藤 稔也
 浜田 一彦
 冬木 真吾
 中山 博文
 末永 信一