2022winter

「ウェルフロート」で振動対策
~DSD11.2MHzヴァイオリン録音レポート~ 高崎芸術劇場より

SASA LAB AudioStylist 照井 和彦

概要

2021年10月28日、高崎芸術劇場で大友直人Presents T-shotシリーズの一つ、ヴァイオリニスト戸澤采紀さんの演奏が録音されました。これは将来性豊かな実力あるアーティストを世の中に紹介するために、公益財団法人 高崎財団が主催しているリサイタルと録音およびCD/DVD化の文化活動です。録音はオクタヴィア・レコード主宰の江崎氏が担当し、音質向上のためにジークレフ音響の振動対策アクセサリー「ウェルフロート」を用いることで、好結果が得られました。

ABSTRACT

On October 28, 2021, violinist Saki Tozawa’s performance was recorded at the Takasaki City Theatre as part of the Naoto Otomo Presents T-Shot Series. This is a cultural activity sponsored by the Takasaki Foundation to introduce promising and talented artists to a wider audience through recitals and CD/DVD recordings. The recording was done by Mr. Ezaki, the president of Octavia Records, and the sound quality was improved by using the “WELLFLOAT” accessory from G CLEF ACOUSTIC LTD.

1. はじめに

2022年はコンパクトディスク(CD)が登場して40年目にあたります。そして1999年にはスーパーオーディオCDが2.8MHzというCDの64倍のサンプリング周波数で登場しましたが、技術の歩みが留まるところを知らない今日、1ビットDSD11.2MHzの高音質音源制作が行われていることは、すでに皆様もご存知のことと思います。

2. デジタルオーディオワークステーションによる高音質録音

1999年創業オクタヴィア・レコードは、これまでに2000タイトルを越えるクラシック音楽を中心とした音楽ディスクを発売してきました。その歩みは正にスーパーオーディオCDの歴史とも同期し、代表の江崎氏によると、「キャニオンクラシックスの時代から高音質録音盤の制作手法として1ビットDSD録音に取り組んできました」と言います。「運用してきた機材はGenex GX-8500やSony Silver Line Recorder、SONOMA Systemの変遷を経て、現在はPyramix Systemによる1ビット11.2MHz DAWで進めています」とのことです。さっそく録音制作の様子をレポートしてまいります。


【写真①】Pyramix Systemを運用するコントロールルームの様子

3. ウェルフロートはオーディオ音質改善用インシュレーター。吊構造振子応用で振動対策

スピーカーシステムは電気―機械振動変換でコーン紙が音波を空気中へ放射するために常に振動に晒され続けます。同時に自身の胴体足元にもあたるキャビネットをも盛大に揺するという副作用が絶えず生まれています。これは再生音質に影響を与えてしまうため、オーディオマニアは楽しみでもあり苦しみでもある振動対策に悩むことになります。そこでウェルフロートでスピーカーの音質改善を提唱しているジークレフ音響代表の永田氏にお話しを伺いました。


【写真②】オクタヴィア・レコード江崎氏(左)とジークレフ音響永田氏(右)

「スピーカーの振動エネルギーは、スパイクや設置スタンドなどを通過しながら減衰していき最終的には床や⼤地に至ることでやがて無くなります。この過程で途中の構造物が共振することによりサブハーモニックスが発生し、本来の音楽信号に対するひずみとなって再生音の色付けや、力強さが加わったように聴こえるのです。つまり、ある特定の音が強調されているに過ぎないのです」

―より具体的な手法や工夫でお話しを聞かせてください。

「この場合、振動源であるスピーカーシステムを構造物であるスタンドや床からも分離し、振動を遮断するのが良い解決方法で、具体的には上から吊るす方法があります」

―NHラボでも卵型スピーカーを紐で吊るしてオーディオ再生するテストを行い、好結果を得ていました。しかし、大型のシステムでは装置が大変ですし、録音現場での持ち込みなどはとても不便です。

「マグネットで浮かせる方法もありますが、磁力にはヒステリシス曲線と言う非対称な特性に拠り中点位置に戻ってこないという、歪みを生じる原因要素があるのでお勧めできません。また、ゴムやスプリングを挟むことも考えられますが、ゴムは動き始めるまでに時間が掛かり微小振動は吸収しませんし、スプリングはそれ自身が共鳴してしまいます」


【写真③】ウェルフロートのキーエレメント部拡大

―これらの手法は用いていないのでしょうか?

「ウェルフロートは、上から吊るす方法を小型エレメントで実現したインシュレーターです。吊構造振り子応用とも言うべきもので、横振動縦振動共に振り子運動に変換することで、振動伝達を遮断しています。スピーカーキャビネットは自由に動けるストレスの無い理想状態に置かれますので、インパルス応答が正確になり歪みが発生しないことになるのです」


【写真④】録音モニターに運用したスピーカーGenelec 1031Aとウェルフロート。モニター音の明瞭度が上がりクリアなサウンドに変化する。

4. ウェルデルタは楽器向けの音質改善用インシュレーター

スピーカーシステムなど音響機器に好結果が得られるならば、これを楽器の実演奏でも効果を期待したいと考案されたのがウェルデルタです。本来の響きの豊かさと奏者が求める演奏しやすさの両立を目指し、製品化されました。

ウェルデルタに載せた状態のフルコンサートグランドピアノは、床直置きに比較すると低音域の音の豊かさが増したように、かつピントがシャープなって聴こえることがすぐに解ります。しばらく聴いているとピアノ本体が開放された、のびのびとした鳴りへ変化したことに気づきます。これがウェルデルタの持つ効果の本質なのだと感心しました。試弾を手伝っていただいたピアニストも、「響きが豊かになり、弾いている音が軽やかに感じました」という演奏時の感想でした。このような違いは録音にも良い影響が出るはずです。更にマイクロホンアレンジでベストポジションを探していきます。

5. マイクロホンスタンドなどの収録機材にもウェルフロートやウェルデルタ

マイクロホンはカプセル内の振動膜が音声信号を電気信号に変換する役割ですので、スピーカー同様の有意義な効果が期待できます。また、デジタルI/Fなどの収録に用いるハコモノ音響機器も全てウェルフロートに載せて運用しました。中でもSSD搭載のDAW PC本体の床直置き時と、ウェルフロートに載せた時の再生音の違いには、とても驚きました。前日のリハーサル収録音をプレイバックで聴かせていただきましたが、ウェルフロートに載せることで、楽器音の定位はより定まり、音の拡がりと奥行きが伸びやかに大きくなるのです。

ウェルフロートの改善効果は、音楽監督の大友直人氏にもコントロールルームで聴いていただき、その変化に驚きながらも、同時に「このような有効な取り組みを用いるなど、皆様には音楽文化プログラムを応援していただき、大変ありがたいことです」と話されていました。


【写真⑨】Pyramix DAW PC本体にはウェルフロートを複数段重ねて使用

6. サン=サーンス「ヴァイオリン・ソナタ」を収録

会場となる高崎芸術劇場は2019年に開館した新しい設備で、412席を有する音楽ホールはオーケストラ公演も可能な響きの美しい空間です。颯爽とヴァイオリンを抱えながら会場に入ってきた戸澤采紀さんは、まずステージ上でヴァイオリンの最も良く響くポイントを探りながら楽器を調整していきます。立ち位置は写真からも判るように、ピアノと収録用マイクロホンとの間の限られたスペースです。演奏による弓などのストロークが充分確保出来るように、四囲を確かめ慎重にポジションを決めます。


【写真⑩】リハーサル音合わせ前のバイオリンスポットマイク位置調整。写真の右下に低音吸収チャンバーが設置されているのが見える

次にピアノ奏者も参加し、2人で演奏音合わせ確認し、場合によっては数センチずつピアノ位置を移動するなどして決めていきます。そしてメインマイク、ピアノとヴァイオリンのスポットマイクの位置を考慮しながら最終位置へ追い込みます。こういった周到な準備の上で録音本番は行われました。

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【写真⑪】録音本番中の江崎氏

7. 結びに

レポートしてまいりました作品は編集やマスタリングを経て2022年1月26日リリースです。先行してサンプル盤からスーパーオーディオCD層を試聴しましたが、ヴァイオリンとピアノのサウンドがよく溶け合い、それでいてヴァイオリンの力強い弓さばきが視えるような溌溂とした演奏が楽しめます。ピアノ左手で演奏する低音の響きの粒立ちが浮き上がるかのような表現は、ウェルフロートやウェルデルタ過剰と言ってもいいくらいの運用で、良好な録音に寄与しているようです。

ヴァイオリン録音レポートYouTube解説

戸澤采紀 IN CONCERT Recorded at Takasaki City Theatre 2021

【CD】(スーパーオーディオCD Hybrid Disc)
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ K.454
サン=サーンス:ヴァイオリン・ソナタ 第1番 作品75
プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ 第1番 作品80
【DVD】初回限定パッケージのみ
プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ 第1番 より 第2楽章 特典映像
初回パッケージ完売後はCD(Hybrid Disc)のみの通常版となります。
税込価格:3,630円 仕様:HQ Hybrid盤&DVD-Video
品番:OVCX-00091
制作・発売:オクタヴィア・レコード https://www.octavia-records.com/

参考

執筆者プロフィール

照井 和彦(てるい かずひこ)
1978年東京電機大学高等学校電子科卒業ソニー入社。オーディオ商品設計、広報、海外営業、スーパーオーディオCD導入、ハイレゾ導入、技術渉外の他、ソニー・ミュージックで音楽ビジネスを経験。2015年から2020年まで日本オーディオ協会事務局長。現在SASA LAB AudioStylist、映像制作、MV監督、音響芸術専門学校非常勤講師。趣味は昭和歌謡7インチ盤と愛器ヤマハYD-9000Rドラムとバンド。
SASA LAB 越谷スタジオのオーディオシステム