学生の制作する音楽録音作品コンテスト

第6回 2019年最優秀賞

絶滅種の側から5.1ch 96kHz 24bit


※音源は2ch(HPL)に変換されたものです

東京藝術大学大学院 音楽研究科 研究生課程
田中 克さん
増田 義基さん


左から:田中さん 増田さん

作品について

作品のコンセプトは?思いついたきっかけは?

「空間の響きと音楽は不可分である」という観点から、極端に残響が長い中空重力式ダム内部空間の響き(ダムリバーブ)を最大限活用することを目指しました。グレゴリオ聖歌が石造りで長い残響をもつ大聖堂での演奏に最適化されたものであったように、ダムリバーブの特異な残響でしか為し得ない音楽表現が可能なのではないかと考え、このようなコンセプトを設けました。
専攻分野である音響や音楽と、趣味であるダムをかけ合わせることができないかと考えたことがきっかけです。ダムリバーブに巡り合い、この特異な残響でしか為し得ない音楽表現が可能なのではないかと考え、何が何でも制作を行わねばならないという使命感に駆られました。

「カーオーディオでリバーブをかける」という幼少期の原体験が、作品の根底に存在している気がします。実家の車で音楽を聴くときに、よくDSPでチャーチリバーブをかけて喜んでいました(リバーブに特化したカーオーディオのプロセッサー、90年代を感じますね……)。聴き馴染みのある曲にリバーブをかけると、音に包まれたような感覚になったり、重なった音が濁ったりして印象が変化することがとにかく面白かったのです。こうした幼少期の感覚が、作品の中にも受け継がれているはずです。

制作時苦労した点・表現できた点・工夫した点は?

苦労した点

  • 特殊な空間を使用した制作だけに、事前の準備に大変苦労しました。ダム現地の下見に始まり、音響測定、そして録音まで、3年間かけて東京と新潟を何度も往復しました。
  • 一発録りを行う上では当然のことですが、演奏のやり直しがきかない点は非常にハードルが高かったです。
  • 気温15℃以下、湿度90%以上という、録音環境としては過酷な条件にも悩まされました。8月の真夏日に録音したにも関わらず、演奏者は上着を着込んで白湯やお茶などで体を温めながらのレコーディングとなりました。また、湿度が高いだけでなく、コンクリートにしみ込んだ水が天井や壁から滴ってくるため、コンデンサーマイクなどの機材管理にも苦慮しました。

表現できた点

  • 「空間の響きと音楽は不可分である」というコンセプトを常に意識し、しっかりと作品に落とし込むことができました。入念な準備を行った上で、効果的な制作プロセスを考えたことが功を奏したように思います。
  • 直接音と残響のバランスを細かく調整したことで、聞こえてくる様々な音の距離感を変化させることができました。
  • その他、工夫した点は概ねうまく表現できたと考えております。

工夫した点

  • 特異な残響に適応した制作を行うにあたり、以下の手順を踏みました。
    1. ダム現地で音響測定(インパルス応答の収録)を行う
    2. 測定結果を分析し、インパルス応答をもとにサンプリングリバーブを用意する
    3. 測定した音響特性を考慮しながら楽曲制作を行う
      • ‐残響特性を考慮したテンポ・音価・音域・音色などの設定
      • ‐サンプリングリバーブを使用し、ソフトウェア上でダムの響きを確認する
    4. ダムリバーブをシミュレートした環境で演奏の練習を行う
      • ‐演奏音をマイクで拾い、サンプリングリバーブをリアルタイムで付加
      • ‐リバーブをスピーカーから再生し、響き方を確認しながら練習する
    5. ダム現地での滞在制作を行い、楽曲の収録を行う
  • 低域は残響時間が非常に長く(125Hzで45秒)、高域は相対的に残響が短い(8kHzで2秒)という測定結果を踏まえて楽曲を構築しました。具体的には、低域から中域にかけて楽曲全体を支えている音は、残響時間の長さを考慮して可能な限り発音回数を少なくしています。この響きの上に重なる形で、残響時間の短い中~高域の音色を散りばめました。
  • 使用する楽器や音色を選定する際には、音の立ち上がりの速さに着目し、直接音や初期反射音と残響が明確に聞き分けられるように工夫しました。
  • ダムリバーブの特異性を演出する上で、残響音のエネルギーがあまりにも大きく、距離が離れると肉声での会話を行うことがほとんど不可能となる点にも着目しました。具体的には、言葉の輪郭がぼやけてしまう肉声と、遠くからでも比較的明瞭に聞こえるミュージックベルの音を効果的に対比させる箇所を楽曲の中に設けました。
  • 録音現場では一発録りを行いました。もちろん、録音後のテイク編集も一切していません。些細な演奏ミスが長く響いてしまうゆえの緊張感を収録したかったことに加え、残響が長くテイク編集が困難であることを考慮しての判断です。
  • プラグインなどによる残響付加は一切行なわずに、音量バランスとパンニングの調整、最低限のイコライジングのみでミキシング作業を完結させました。演奏に脚色を加えることはせず、あくまでもダム現地で収録できた音のみで作品を完成させたかったことが理由です。

作品の聴き所・アピールポイントは?

一発録り、かつミキシング作業を最低限にとどめている点が最大のこだわりです。豊かで多彩な表情を持つダムリバーブをきっかけに、日頃生活している空間の響きや、音楽と空間の関係性などに思いを馳せていただけたら幸いです。


音響芸術専門学校YouTubeアカウントにて楽曲が公開されています。
収録・編集風景と合わせてご覧ください。

コンテスト参加ついて

受賞の感想をお願いします!

企画立案から完成に至るまで綿密な制作を心掛けてきたため、審査員の方々からアイディアや制作手法について評価していただいたことが何よりも嬉しかったです。授賞式において、コンテスト参加者の方々と意見交換をできたことや、オーディオ業界の方々からコメントを頂けたことが刺激になりました。

参加のきっかけは?

大きく4つあります。

  1. コンテストに応募することで、極端に残響が長い中空重力式ダム内部空間の響き(ダムリバーブ)を活用した制作活動を多くの方に知っていただけると考えました。
  2. 録音技術力のみではなく、作品の企画力や音楽性などを総合的に審査するというコンテストの主旨に共感したことも応募するきっかけになりました。事前の音響測定に始まり、楽曲の書き下ろしから録音・ミキシングまで一貫した制作を行ったため、コンテストの主旨に沿った作品を応募できると判断しました。
  3. 制作に協力してくださった方々への恩返しをする上で、作品を公の場で認めていただけるような機会を探していました。その点で、コンテストで受賞することができれば大きな成果になると思い応募しました。
  4. 大学の先輩や同期がこちらのコンテストで受賞しており、刺激を受けました。

制作時のエピソードはありますか?

  • ダム近隣のキャンプ場に拠点を設け、演奏者・収録チーム合わせて20人超での録音合宿を敢行しました。5日間にわたる滞在中、大量の買い出しや食事手配など録音以外の苦労もありましたが、密度の濃い滞在制作となりました。録音後の打ち上げで飲んだ地酒(ダム関係者の方が差し入れしてくださいました)は格別でした。
  • 当初使用する予定が無かったミュージックベルは、「ダムの中で鳴らしたら面白そう」という理由で、半ば衝動買いのような形で現地調達しました。有名リサイクルショップの本店がダム近隣にあるということで、記念がてら覗きに行った際に偶然見つけたのです。
    このハンドベルは、楽曲の中で重要な役割を果たすことになりました。
  • 受賞後のエピソードですが、2020年 1月にダムの所在地である新潟県新発田市にて、作品発表会を行う機会に恵まれました。会場となった市役所内の市議会議場に大出力のPAスピーカーで5chサラウンド環境を構築し、作品再生やダムリバーブの体験会などを行ったほか、サンプリングリバーブを使用してダム内部の響きを再現したコンサートも開催し、いずれも好評を博しました。

参加してみて良かったことは?

最優秀賞という形で、制作に協力してくださった方々への恩返しができました。特に、お世話になったダム関係者の皆様が非常に喜んでくださったことが心に残っています。
受賞がきっかけで、普段音楽やオーディオにあまり馴染みがない方も作品に興味を持ってくださいました。例えば、受賞後に新潟と東京で実施した作品発表会には、音楽や音響に興味がある方だけではなく、そうでない地域住民やダムマニアの方も多く訪れました。マルチチャンネルでのスピーカー再生を初めて体験する方も多く、包まれ感のある音と定位感の多様さに驚いていらっしゃいました。もし、本作品がきっかけでオーディオの面白さを伝えられていたとしたら、幸せに思います。
また本制作の受賞が2019年ダム10大ニュースに選出されるなど、ダム業界に話題を提供することができました。
就職した後も、学生時代の大きな成果の1つとして様々な人に紹介することができています。

音楽制作をしてみて、音楽の聴き方は変わりましたか?

作品鑑賞の仕方という点で何かが大きく変化するようなことはありませんでしたが、それまでと比較して、空間の響きという点で聴覚が鋭敏になりました。ダム現地で体験したリバーブはあまりにも強烈で、収録場所から屋外に出たときには「あまりにも音が響かなくて気持ち悪い」という、生まれて初めての感覚に陥りました。
この体験がもとで、空間の響きに対する感覚が変化したのだと思います。

現役学生へコンテスト参加へのメッセージ・アドバイスをお願いします!

コンテストに応募することで、制作技術の腕試しをしたり、作品を広く知ってもらうチャンスが得られたりすることはもちろんです。しかし、応募するメリットはそれだけではありません!
私は、コンテストへの参加を通じて、様々な人に聴いていただくことを想定しながら、作品としっかり向き合う機会を得ることができました。さらに、制作コンセプトや自分自身のこだわりについて、作品そのものと応募資料の双方から魅力的に伝えるために試行錯誤した経験は、その後の社会人生活でも役立っています。

JASジャーナル

使用機材やマイクセッティングなど、作品についてさらに詳しく寄稿していただきました。
合わせてご覧ください。


JASジャーナル
2020年1月号(Vol.60 No.1)
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