学生の制作する音楽録音作品コンテスト

第7回 2021年優秀企画賞

The North StarDolby Atmos 7.1.4ch 48kHz 24bit


全6曲の組曲です
※音源は2ch(HPL)に変換されたものです

日本大学 芸術学部 放送学科
樋口 奈穂果さん
安重 友希さん
倉見 彰良さん


左から:安重さん、樋口さん、倉見さん

作品について

作品のコンセプトは?思いついたきっかけは?

かねてより立体音響のもつ表現力の大きさに魅力を感じていたため、立体音響と抽象的な視覚情報で空間を表現できたら面白そうだと思い、「The North Star」という絵本を題材に、立体音響と照明を使った作品を卒業制作として制作しました。
音と照明で表現するということで、日本語の聞き手からすると直接的な表現が少ない英語の作品に絞り、光や音で包まれ感を表現できるような、情景が美しいものを選びました。
劇中曲である今作品の楽曲は、心情表現だけでなく、風で葉が舞う動きや、静寂、夜空に浮かぶ星などの空間表現もできるようにコンセプトを考えました。

楽曲のイメージに関しては「あの時聞いたあの音が印象的で、このシーンに合うと思うから取り入れたい」といったように、過去に聞いた音からアイデアが湧いてきました。逆にそういった過去の経験から思いつかないものはイメージを固めるのに苦労しました。
ミックスのアイデアは、以前聞いた22.2ch作品の影響を受けていると思います。ダイナミックで緩急のある、劇的な演出が常に頭の中に浮かんでいました。

また立体音響作品を制作するにあたり、音の聞こえ方が視覚情報に少なからず左右されるという過去の経験から、はっきりと定位を認識させたい時に手助けになるような照明を用いた作品にしました。こちらも、以前聞いた22.2ch音響作品やDolby Atmosの映画作品がアイデアの生まれたきっかけになっていると思います。

制作時苦労した点・表現できた点・工夫した点は?

苦労した点

楽曲をオーダーする際にテンプトラックを用意したのですが、予めイメージが出来過ぎてしまっていた曲に関しては頭に浮かんでいるものとの差がなかなか埋められず、何度も作り直してもらうことになってしまいました。
録音の際、サラウンドの残響成分用にサイドやバック、トップの位置にマイクを立てたのですが、残響成分は収録できたものの、ミックスしてみると位相の違いか思ったように綺麗な残響のサラウンド感がでないということがありました。サラウンドミックスが前提なら、録音時にはステレオだけではなくて最低でも5.1chでのモニターが必要でした。
また小規模のオーケストラ編成で構成された楽曲なので、パートを幾つかに分けた録音を行いましたが、その際ミックスプランを考えずにどのパートもマイクに対して同じような配置にしてしまい、メインマイクを用いたミックスでは楽器ごとに広がりや定位感の差をつけるのが難しかったです。あらかじめ大体のミックスプランを考えてから録音に挑む必要があると学びました。

うまく表現できた点

物語の風景や絵本の主人公の心情をうまく音楽で表現できたと思います。
編成はシンプルながらもシーンごとに特徴となるフレーズやメロディがあり、作品本編の朗読との相性もよかったです。

工夫した点

M1では、主人公の動きや景色の動きに合わせてより効果音や場面とリンクした構成にしました。
またワルツにすることで序章としてこの先のストーリーをワクワクさせるような演出を試みました。
M3では、主人公が森に迷い込む場面なので、ミニマルミュージックの要素を取り入れ混乱させるような印象にしました。さらに8分の7拍子にし不気味さを足し、金管の煽りを前から後ろへパンニングさせることで焦らせるような演出にしました。
M6ではこもったピアノの音にリバースをかけて表現した雲が晴れる動き、グロッケンの煌く星々は上方に定位させました。またラストにかけて主人公の門出を祝うような音楽にしたかったので、金管を多用し盛り上がるように大胆にミックスしました。録音したスタジオは残響が少なかったので、反射板や平台を用いてホールで鳴っている時の楽器の音に近づけるようにしました。また、M6のピアノの録音では、こもった音にしたかったため反響版をしめ上に布をかぶせ、近接効果が出るように近い位置でのマイキングをしたところ、狙った通りの音を録音することができました。

作品の聴き所・アピールポイントは?

ぜひ音楽を聴きながらどういう場面なのか、どんな話なのか想像しながら聞いてみてください。
音楽だけでも場面が伝わるような作品になっていると思います。

コンテスト参加ついて

受賞の感想をお願いします!

驚いたと同時にとても嬉しく思いました。自分なりに曲調や録音、ミックスにもこだわって制作した楽曲なので、少しだけ自信につながりました。また、協力してくださった先生方や友人達がいなければ成し遂げられなかったことなので、改めて協力してくれた方々に感謝したいです。

参加のきっかけは?

もともと今回制作した作品はコンテスト用に制作したものではなかったのですが、卒業制作作品としてとても力を注いだ作品だったので、腕試しのつもりで応募しました。
また、昨今イマーシブオーディオへの関心が高まりつつある状況も踏まえ、学生の皆さんが私の作品を通じてDolby Atmosでの音楽制作に取り組んでみたいと思っていただけたら嬉しいです。

制作時のエピソードはありますか?

大学3年生の時、教授のお手伝いでコンサートホールでのオーケストラの録音を手伝わせていただく機会が何度かありました。それまでオーケストラの録音は授業でもしたことがなかったため、非常に勉強になりました。それがなければ今作品は成立していなかったと思います。
また、この作品を制作するにあたって、7.1.4chのモニター環境が必要だったのですが、私の大学にはそういった設備がありませんでした。一からモニター環境を構築しなければならず困りましたが、大学の技術員の方々に相談したところ、親身に機材面のサポートなどをしてくださいました。その結果、簡易的ですがモニター環境を構築することができ、作品を完成させることができました。
立体音響作品を制作するといってもモニター環境から構築することはなかなかないと思いますが、サラウンドへの理解もより深まりとてもいい経験になりました。技術員の方々に改めて感謝したいです。

参加してみて良かったことは?

今回賞をいただけたことで、大学生活で得たものをなんとか形にできたような気がします。
また、今回は感染症の影響で音の日の開催はありませんでしたが、他の受賞者の方々が面白い取り組みをされていることを知られたことも嬉しく思います。
ぜひどこかでコンテスト参加者の方々とお話しできる機会がありましたら幸いです。

音楽制作をしてみて、音楽の聴き方は変わりましたか?

今回制作した作品が物語の劇中曲だったということもあり、映像作品における音楽の使い方に注目することが増えました。また、Dolby Atmos Musicの需要が高まってきていることもあり、どのようにミックスしたら曲の意図に添えるか、ユーザーが期待するようなイマーシブ感を伝えられるか考えながら曲を聴くようになりました。

現役学生へコンテスト参加へのメッセージ・アドバイスをお願いします!

なんでも自分が作りたいものを作って応募してみてください。
大変かもしれませんが、人に聴かせるつもりで制作すること、そしてコンテストに応募することでいただける名だたる教授方からの講評は必ずご自身の成長につながると思います。ぜひ挑戦してみてください。

審査員評

  • 制作コンセプトがハッキリしていて良い。
  • 企画書に図版を入れてあり、読み易く仕上げてある。ストーリーも書いて欲しかった。
  • 音がナチュラルで良い。イマージヴ感も自然。
  • 楽器に囲まれている感じが楽しめる。
  • アコースティック楽器の中に時折出て来る電子音がポイントとなって、感覚がリフレッシュされる。
  • サラウンド効果を巧く利用したMIX。各楽器がクリアに録音されている。
  • 6曲目のピアノのリバース再生が生楽器編成の中に在って効果的。
  • 表現したい空間像がより鮮明だとさらに良い。
  • 弦楽器とオーボエのチューニングをより精密に合わせるとなお良い。
  • 響きがほとんどないスタジオで録音したという印象が伝わってきた。もう少し包まれる印象になるように、リバーブを数種類楽器ごとに変化をつけて用いていくと良い。
  • 自然な残響以外のリバーブをもう少し足すと、より音楽性の表現が広げられる。

JASジャーナル

使用機材やマイクセッティング、音像定位についてなど、作品についてさらに詳しく寄稿していただきました。合わせてご覧ください。


JASジャーナル
2022年冬号(Vol.62 No.1)